FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

18kin.jpg
当ブログへご来訪頂きまして、誠にありがとうございます!!


このブログは、femdom(女性支配)と、男性マゾヒズムに特化した内容となっております。  ご興味のない方は、不快に思われる内容も多数含まれておりますので、閲覧される場合は全て自己責任にてお願い致します。
なお、アダルト向けですので18歳未満の方の閲覧は固くお断り致します。

邂逅


 よく “人生は出会いと別れのくり返し” などと言われます。
 
 マゾ人生もまた然り。

 僕もこれまで本当に数多くの女王様と出逢い、そして別れをくり返してきました。

 SM界のレジェンドとなったあの女王様との初プレイ。

 SM誌のグラビアを飾ったカリスマ女王様の方々にも、お相手をして頂きました。

 新人女王様の最初のプレイに遭遇した事もありました。
 
 SMクラブには所属していない素人女王様達とのプレイも体験してみました。

 SMクラブのはしごをした事もありました。

 一度に5人の女王様とプレイして、女性の怖さを思い知らされた事もありました。

 何かに取り憑かれたようにSMクラブに通い詰めていたあの頃…
 でも、その割には満足度はいまひとつだったような気がします。

 期待に胸を膨らませながらホテルへと向かい、モヤモヤした気持ちを抱えながら帰宅した日々。
 当時の僕はSMにいったい何を期待し、何を求めていたのか…今となってはそれすらも定かではありません。


kaikou_01.jpg


 ほとんどのかたとが、1〜2度だけのプレイでしたが、中には何年かお付き合いをさせて頂いた女王様もいました。

 記憶に残っているのは5人ほど。
 その内の最後のかたと連絡が途絶えてから、僕は徐々にSMから遠ざかっていきました。

 母親が余命宣告を受けてからは、二十歳のSM初体験から欠かす事なく続いていたSMクラブ行脚もピタリと止まりました。

  しかし、どこかに失望感を抱えながら長いブランクに入った事で、僕のマゾヒズムはブスブスと燻り続けていたのだと思います。


 本日8月5日は、某SMクラブで、ご主人様と僕が初めて出会った記念すべき日です

 
 東日本大震災があった年ですから、あの日から数えて6年が経過し、7年目に入った事になります。

 先日、ご主人様から 『ムギが引退せずに、ネットで私の写真を見つけて、お店に会いに来てくれて本当によかった!』 と言って頂きました。

 そのお言葉が、とてもありがたく、胸に沁みました。
 かりそめではなく、女王様とこんなふうに心と心が通じ合ったのは初めての事なのです。

 先頃、僕と同じく、ご主人様がSMクラブにいらっしゃった頃から仕えてきたM男性が、ご主人様のもとを去って行きました。

 彼は僕よりも1年位あとからお店に通い始め、僕よりも先にご主人様に誘われて店外で会う関係になったようです。

 “奴隷” として認知され、ご主人様から奴隷名まで授かっているのは、僕と彼の2人だけでした。
 調教を離れると、お食事やお買い物やドライブなどにもご一緒されていたようで、そういうお誘いが一切なかった僕は、彼の事をとても羨ましく思っていました。

 彼から贈られたブレスレットや指輪を、僕の調教時にも肌身離さず身に着けていたご主人様。

 僕は彼の存在が気になって 『どういうかたですか?』 とご主人様に訊ねた事がありました。

  『基本的にはとても紳士かな。雨の日には、濡れたカバンをお拭き下さいと、ハンカチを差し出すような人。』 とご主人様。

 ハードプレイができるわけではないけれど、必死についてこようと頑張っている姿が愛おしかったのだそうです。

しかし、そんな彼の忠誠心も次第に自己本位なものへと変わっていき、ご主人様と気持ちがすれ違う事が多くなっていったようでした。

 そして、彼の不注意が招いたアクシデントをきっかけに、ご主人様の彼への不信感はピークに達しました。 対応に苦慮されていたご主人様のもとへ、彼からお別れメールが届いたのはそれから間もなくの事でした。 ご主人様は『これが二度目なので、三度目はない。』と仰っていました。

 僕も一度、自分勝手な事をした過去があるだけに複雑な思いでしたが、我が振りを省みる機会にもなりました。

 彼とは一度もお会いした事はありませんが、同じ女王様を崇拝する言わば同志のようなものでしたから 『お疲れ様でした』 と労いの言葉をかけて送ってあげたいです。

kaikou_02.jpg


 別れがあれば、又新たな出会いもあります。

 
 この度ご縁があって、ビアンM女性がご主人様の奴隷を志願されてきたのです。

 彼女にとって初めてのSM体験という事もあって 『自分のような何もできない者が、果たしてご主人様の奴隷になれるのだろうか…』 と不安げな様子でした。

 僕は彼女に 『ハードな責めに耐え得るから奴隷なのではなく、いかに忠誠心を持ってお仕えできるかが重要なのです。』 とお伝えしました。

 女性同士なので打ち解けるのも早く、ご主人様はそのM女さんの事をとてもお気に入られたようです。

僕とご主人様が出会ったこの日が、彼女のお誕生日でもある事を知り、不思議なご縁も感じました。

 主従関係とは言っても、けっして奴隷からの一方的な思いではなく、僕達はご主人様からもあふれんばかりの沢山の愛情を頂いているのです。

 昨年の11月3日、ご主人様と新たに交わした奴隷契約書の中に、ご主人様のお言葉でこんな条項が書き加えられていました。

『乙(ムギ)の肉体が消滅しても、甲(ご主人様)が解除しない限りこの(奴隷)契約は継続されます。 乙の甲に対する忠誠心は永久に滅しません。 甲と乙の繋がりも同様です。』

 僕は家に帰ってからこの条項をあらためて噛み締めて、感涙しました。
 
 以前僕が作った奴隷契約書では、生涯に渡ってお仕えする事を誓っていましたが、ご主人様が直筆で書いて下さった契約書には “たとえ肉体が滅んで魂となったとしても、お互いの絆が切れる事はない” と明言されていたのです。

 そうです。 ご主人様と僕の主従関係に限っては永遠に“別れ”という言葉は存在しないのです。
 なんとロマンチックな事でしょうか‼︎


どんなご縁で

『今、あなたとわたしが
ここにいる

数えきれない
人の中から
選ばれて

あなたと
わたしが
ここにいる

自分の力ではない
あなたの力でもない

目に見えない
不思議な
力に
導かれ

今、あなたとわたしが
ここにいる』


マゾ花のヘッダーにある この詩が心に深く沁み入ります。

明日から又気持ちを新たにして、ご主人様に誠心誠意、お仕えしていきたいと思います。

domina_001.jpg

真夏のフェチごと

 僕は四季の中では、が最も好きです。

 ゆらゆらと立ち昇る陽炎の揺らめきの向こう側に、たまらなくノスタルジーを掻き立てる情景がある…

 眩い日差し。

 校庭に響き渡る生徒達の掛け声。 教室内の喧騒。
 それすらもかき消す、けたたましい蝉の鳴き声。

 陽光に映える真っ白なブラウス越しに、女子生徒達の身体のラインや下着が透けて見える。

 薄っすらと生えた若い産毛を押しのけるように、毛穴から噴き出す汗、汗、汗…
 汗染みが拡がった半袖の奥にちらりと覗く、無造作な腋毛の処理に、彼女達の蒼さが眩しく光る。

jyosikousei_01.jpg

 窓を開け放った教室の中。
 パタパタと下敷きで扇ぐ隣の席の子の首筋辺りから、仄かに鼻孔を擽る女の香りが漂ってきた。

 僕は彼女に気取られないように、静かに、ゆっくりと肺いっぱいに、それを吸い込んでみる。
 彼女の横顔がとても美しい事にその時、初めて気がついた。

 素足に突っかける上履き。 
 踵は潰れ、皮脂の汚れで黒光りするインソール。

 いつも膝小僧にカサブタを作っていた脚が、いつの間にか美しいラインを描き、つややかに輝いている。

 心と身体のアンバランスさが心地よい。

 放課後、あの校内一の美少女が、外履きに履き替える刹那、子犬となった僕はそれを奪い取り、咥えたままでグラウンドをかけ去ろう…

 思考回路が停止するような猛暑の中、僕の心はそんな妄想でウキウキと弾んでいたのだ。

 夏が来るたびにそんな甘酸っぱい情景が思い起こされる…

domina_001.jpg

手塚治虫とマゾヒズム

 ここ数回、 「マゾヒズムに花束を!」 では、漫画やアニメ、テレビドラマなどのメディアが、いかにマゾヒズムの形成に影響を与えてきたかというテーマで語られています。

 今回は、僕もそれに便乗して、少しだけチュクチュクしてみたいと思います^ ^

 今の若いかた達はほとんど読まれた事がないかもしれませんが、昭和時代の漫画は手塚治虫に始まり、手塚治虫に終わったと言っても過言ではありません。

 幼い頃から学年誌等で親しんできた手塚漫画は、僕の中では長らく健全な読み物といった認識でした。 親達もそう思っていたからこそ、安心して子供に買い与えていたのだと思います。

 手塚治虫は生前、「漫画は子供にとっておやつのようなもの」と語っていましたが、彼の作品は一見、甘いお菓子のように見えても、口の中で噛み締めてみれば、辛かったり、苦かったり、子供の心に引っかかる複雑な味が絡み合って構成されていたような気がします。

 小学校高学年位になると、この作家の作品が、意外にも深い闇をはらんでいるという事実に気がつき始めました。

 アトムも、レオも、サファイアも、どろろも、丸っこい描線で愛らしく描かれてはいましたが、心の奥に深い哀しみや苦悩を抱えたキャラクター達でした。

 虫プロが、アニメ制作の失敗による痛手を負って倒産した時、系列の出版社から大人向けの手塚漫画が、古本屋に大量に放出されました。

 同じ時期に大都社という出版社からも、大人の手塚作品が続々と刊行されています。

 当時、僕はそれらを片っ端から買って、貪るように読み耽りました。

 大人の手塚は、子供にとって到底一筋縄でいくような代物ではなく、トラウマになるような話も沢山ありました。

 とりわけ、女性が主人公の作品には、大人の女性美やエロスへの憧憬だけでなく、女性に対する言い知れぬ畏怖のような感情を植えつけられたものでした。

 tezuka01.jpg


 手塚治虫は少年漫画においては、明るく勝気な女性像を好んで描いていましたが、青年誌では全く異質の、魔性というよりは寧ろ魔物そのものと言った方が的確であろう女性達を、数多く登場させています。

 石上三登志は著書「手塚治虫の奇妙な世界」の中で、手塚治虫のヒロイン造形“昆虫のメス的であり、女王的である”と論じています。

 昆虫世界においてはメスが圧倒的に優位であり、生存や適応能力に関しては生物中で最も優れている。と…

 そこには、マゾヒスト達が理想として掲げる、女尊男卑の世界が形成されているのです。
 オス達は、女王のもとで奴隷のごとく支配され、酷使され、最期は餌となって生涯を終えるものさえあります。

 手塚作品のヒロイン達は、そうした昆虫の生態をモチーフに造られているという石上の考察は、的を射ているかもしれません。

 加えて僕は、手塚自身が潜在意識の中で、女性という存在に“怖れ”を抱いていたのではなかったかと感じています。

 様々な才能を吸収しながら、羽化を繰り返す蝶のごとく、華麗な変身を遂げていく「人間昆虫記」の十村十枝子。

 
 自在に姿を変えて他人の人生を演じながら、男女の葛藤や運命の行く末を見守るIL(アイエル)。

 
 地下深く眠る母の棺の前で、男達への復讐を誓う「地球を呑む」のゼフィルス七姉妹。

 
 アル中のフーテン娘の風貌でありながら、いつの間にか男に取り憑いて堕落させていく魔女バルボラ…etc



妖しく美しい女達に内在する、無邪気で気まぐれな残酷性。

 そこには永井豪の漫画のように、ストレートでマゾヒスティックな性描写こそありませんが、それ故に余計に深く、魂の暗部を狙撃されたような気がするのです。

 手塚漫画のダークな一面は、綿密な計算のもとで描かれたものもあれば、作品を描いた当時の精神状態に影響されたものもあったようです。

  手塚本人は顔をしかめながら、スランプや、会社経営が破綻した時期に、どん底の精神状態で描かれた作品を恥じていましたが、僕は寧ろ「アラバスター」「ダスト18」など、暗い作風の中にこそ、手塚治虫の本質を感じ取っていました。

 大人向けの手塚作品と、どん底の時期に少年誌に発表された手塚作品との遭遇は、ほぼ同時期で、僕にとって多感な世代へと足を踏み入れた時期に該当しています。

 それらは、グロテスクで淫靡な香りを放ちながら、僕の内面にジワリと染み込んで増殖し、直接的ではないにしろ、マゾヒズムにも多大なる影響を与えたと思っています。

 僕のマゾヒズムは幼少時に覚醒した後、漫画や小説、ドラマなどの影響を受け、さらにSM雑誌やビデオ、現実の女性達との関わりの中で育まれていったと言えるでしょう。


domina_001.jpg

踏みつけられたい

 “女性に踏まれたい”という願望は、マゾヒズムとしては初歩的で軽度な部類に属するもののようです。

 ノーマル男性でも女性の美脚を目の前にすると、思わずそうした願望を口にする事があります。
冗談めかしてはいても、自己に内在しているマゾヒズムが表出しているのかもしれません。

 しかし、実際にやられてみるとわかりますが、本格的な踏みつけはけっしてソフトで緩い責めではありません。
場合によっては鞭よりも過酷です。

 踏みつけが比較的軽度なマゾヒズムだという見解は、体重をかけない軽い顔踏みや足コキなどフェティッシュな要素も含まれているからでしょうか。

 同じ踏みつけでもソフトな恥辱系ハードな苦痛系では全く別の嗜好のような気がします。

 僕は年を経て、顔面をフットレストとして使われたり、平伏した後頭部を足で押さえつけられるような屈辱系にも興奮を覚えるようになりましたが、若い頃は圧倒的に苦痛派でした。

 女性のスラリと伸びた脚は眩く美しい。
 
 その美しき凶器で血塗れになるまで踏み躙られたい。

 それは僕にとって、SEXなどよりもはるかにエロティックで、眩惑に満ちた男女の愛の交わりなのです。

humitsukete_04.jpg

 ハイヒールやパンプスなど女性の靴で踏まれたい性癖はアルトカルシフィリアと呼ばれています。
ストッキングを履いた足や素足で優しく踏まれるのとは違い、靴で踏まれるのはかなりの肉体的苦痛を伴います。 踏み方によっては重傷を負う事さえあり得ます。

 しかし、崇拝する女性の美しい部位に辱められたい、痛めつけられたいと願うのがマゾヒズムたる所以ならば、マゾヒストは踏みにじられながらも最高の快楽と幸福を享受しているのでしょう。

 僕も床に仰向けに寝て、女王様にハイヒールのままで身体の上に乗って頂いた事があります。
小柄な女性であっても胸部などに乗られると耐え難い激痛で、思わず女王様の足首を掴んで叱責されてしまった事もありました。 それでもなお、股間を熱くたぎらせ陶酔する己がマゾヒズムの深い業

 
 海外のサイトではtramplingというカテゴリーで、女性が男性を踏みつけている映像を多数見つける事ができます。 1人、あるいは複数の女性が無邪気に、しかし容赦なく男性を踏みつぶしています。

 時に5、6人の女性が、男性の身体の上に敷かれた厚い板の上に乗っているものなども見かけます。
300キロ近い荷重を受け、恍惚とした表情でうめき声を挙げるマニアの姿は、常人の理解を遥かに超えています。

 日本ではほとんど見かけませんが、海外には踏み台の中央に穴を開けたcockboxと呼ばれるペニス責め具があります。 仰向けに横たわったM男性の下腹部に設置し、局部を穴から露出させて台の上に乗ったドミナが踏み潰すのです。

 彼女達はまるで芋虫でも踏み潰すかのように、嬉々としてペニスや睾丸を靴の底で踏みにじります。 尿道口から血が噴き出し、悶死寸前のM男をなおも踏み続けるドミナ達の冷酷さには震撼します。


 僕のご主人様は、最近はあまり奴隷を踏みつける事はなさいませんが、まだお店に通っていた頃に忘れる事ができない踏みつけの思い出がいくつかあります。

 一つはストーリープレイで。
僕が描いたシナリオは「奴隷としてお仕えしながらも、マッサージの最中にご主人様に欲情し、襲いかかって逆襲される」というシーンでした。 この時は全身にヒールの痕が点々と残り、数ヶ月間消えないくらいまでに激しく踏みつけらました。

 ベッドでうつ伏せているご主人様の背後からしがみつき、夢中で胸の辺りに触れてしまった感触があったので、本気でお怒りになられたのかもしれません。

 ヒールで胸と前腕の肉がえぐれて出血しましたが、僕は激痛に悶え苦しみながらも、ヒールを踏み降ろすご主人様のお姿に見惚れていました。 その時の傷痕が今も盛り上がって残っています。 これは僕にとって女神が付けて下さった刻印なのです。

humitsukete_05.jpg


そしてもう一つ。 ご主人様が奴隷に餌を与えて下さっていた時の事です。
床にうつ伏せて横を向いていた僕の口元辺りをめがけて、ご主人様が咀嚼したプリンを吐き出して下さいました。 その時 僕は、床に勢いよく落ちてきたプリンの飛沫を浴びて反射的に顔をそらしてしまったのです。

 その瞬間、ドスの効いた罵声と共に背中を思い切り踏みつけられたのでした。

 「誰のために作ってやってると思ってるんだ⁉︎」

 僕は、カエルが踏み潰されたような悲鳴をあげてしまいました。
のちにお店のサイトの掲示板に、僕が発した悲鳴にゾクゾクしたとご主人様からのメッセージが、書き込まれていました。
この時はご主人様もプレイに入り込んでいらしたようで、普段とはすっかりキャラが変わっていらっしゃいました。

 そして最後は鞭打ちのシーンで。
磔状態で散々鞭打たれ後、枷を解かれた瞬間に僕は思わずその場に前のめりに崩れ落ちました。
僕はこの時、初めて経験する鞭酔いに陶酔していたのです。

 するとご主人様は僕の背中をグリグリと踏みつけになり、さらに一本鞭の連打を浴びせられました。
この瞬間から僕は、「ご主人様の奴隷になりたい!」と本気で意識し始めたように記憶しています。


 幼少時に芽生えた僕のマゾヒズムは、性器破壊願望を皮切りに、自身の成長と共に様々な被虐嗜好へと拡大していきました。

 中学に入り、成長期を迎えた女子達の太ももや生足を目にする機会が増えると、その滑らかで艶やかな脚線美に憧れるようになります。

 そしてやがて、その足で嬲られたい、踏みつけられたいという願望を抱くようになったのです。

humitsukete_07.jpg



 僕はその頃から特に、顔面を踏みつけられる事に強い憧れがあり、妄想するだけで股間を熱くしていました。
その一因として、当時読んだある漫画が深く影響していると思われます。

 その漫画のタイトルは「鬼面石」と言います。

 作者は「赤い花」や「ねじ式」「無能の人」等、独創的な作風で高い評価を得ているつげ義春氏です。
彼は旅物と称される私小説風の作品から、次第にシュールな作風へと変遷を遂げていきますが、「鬼面石」はかなり遡って貸本漫画家時代の作品です。

 かつて貸本漫画の世界は手塚治虫の描くSF作品と、白土三平の描く時代物に大きく人気が二分されていました。 新人漫画家達は出版社によって、この2人の巨匠の亜流となる事を求められていたようです。
つげ氏も例外ではなく、初期作品では彼らの作風を器用に模倣しています。 「鬼面石」は白土三平作品に倣った時代劇です。

 僕は多感な頃、つげ氏の貸本時代の名作をまとめた作品集を入手して、偶然この作品を知りました。

 では、その衝撃的な内容を紹介します。

 時は永禄の頃。 美濃国中巣村という所に十万という下人がいました。
彼はおとなしく実直で勤勉な人間でしたが、罪を犯したわけでもないのに獄囚の身でした。
それは彼の人相が常人とかけ離れて醜く、女子供に恐怖を与えるという理由からでした。

 やがて十万は、労役についたら二度と生還できないと恐れられている岩穴城の築城工事へと駆り出されます。
彼はそこで藤太という囚人にそそのかされ共に脱走しますが、役人に捕らえられ、首枷で宙釣りにされる「首輪の刑」に処されます。

 三日間は生きながらえたもののすでに風前の灯だった十万の命は視察に来た殿様、座間角兵衛によって救われます。

 十万は角兵衛に恩義を感じ忠誠を尽くしますが、角兵衛にとって彼を助けたのは単なる気まぐれに過ぎませんでした。

 十万は角兵衛の屋敷の庭にあるトリ小屋の中で、ニワトリと一緒に生活をさせられていました。

 角兵衛は奥方から「あなたは容貌に自信がないから、より醜い十万をそばに置いて自分を慰めているのでは?」と指摘され、次第に十万に苛立ち、彼を憎むようになりました。

 飯炊き女のお千代が、隠れて十万に生米を与えていたのを知るや、激怒して彼女を木の枝で散々打ちのめします。

 十万は唯一自分を人間扱いしてくれるお千代に淡い恋心を抱くようになります。

 彼女は飯炊き女にしておくにはもったいないほどの美貌を持った女性でした。

 ある日、十万は角兵衛の狩りに同行するように命じられます。 そこで角兵衛が放った流れ矢に当たって、左目を失明してしまうのです。

 十万は自分のようなものを介抱してくれた殿に感謝しますが、実は流れ矢は角兵衛がわざと十万を狙って射たものでした。

 そんなお人好しの十万に、お千代は真実を伝え忠告します。

 「お前はいつか殿様に殺されるよ」
 「どうしたらいいべ?」
 「戦に出て手柄を立ててえらくなることだよ」
 「それじゃ、もしおらがえらくなったら…」
 「そりゃ女子は地位や名誉さえあれば誰でもついていくもんだからね」
 「よーし、おらきっとえらくなってみせる」


 十万はお千代に出世を誓いますが、それは実現しませんでした。
信長に未完の岩穴城を攻め落とされ、従軍した十万も片足切断の負傷で益々風貌の醜さを増しただけでした。

 「ほんにお前は運がないねえ」とお千代は呆れます。

 そんなある夜、お千代の悲鳴を聞いて十万が駆けつけると、今にも殿様に手篭めにされようとしているところでした。
「お前のような器量好しを飯炊き女にしておくのはもったいない。わしの側女になれ」
大声を出して激しく抵抗するお千代は、庭木に縛り付けられてしまいます。
「よく考えておけ」

 草陰からこの様子を見ていた十万は、お千代を助けようとしますが角兵衛に見つかってしまいます。

 「ふん。貴様にも恋心なんてものがあったのか」
角兵衛は「お千代が十万の女房になると言ったら二人とも自由の身にしてやる」と言い放ちました。

 十万はお千代に嫁になって欲しいと懇願しますが、彼女は無言のまま俯いてしまいます。
「わっはっは。そんなつらじゃどんなにジタバタしてもムダだ」
角兵衛はその場で十万の鼻を削ぎ落とし、庭木に縛り付けると消毒と称して小便を引っかけます。

 そして、悔しがる十万を尻目にお千代を連れて去っていきます。

 十万は渾身の力で庭木を引っこ抜いてお千代を助けようとしますが、その場に崩れ落ちてしまいました。

 それから数日後。
十万は角兵衛の家来達によって、顔だけを出して生き埋めにされていました。
その場には美しい着物をまとったお千代の姿もありました。

 「お前のその顔をもっと醜くしてやろうと苦心して考えたのだ」
身動きのできない十万を見下ろしながら角兵衛はさらに続けます。
「みなの者。ここを通る時は必ず十万の顔を踏んで通るのだぞ」


 まずは手始めにと、角兵衛は側女となったお千代を指名します。
そして…

 humitsukete_03.jpg

 humitsukete_02.jpg


 お千代は躊躇する事なく、無表情で十万の顔を踏み潰したのでした。

 永禄7年の8月。 美濃は滅んで信長の手に落ちました。
角兵衛の屋敷も跡形もなくなり、そこには荒涼とした荒野が広がっているだけでした。

 土中で悶死した十万の体は腐り果てて土となりましたが、彼の醜い顔だけは路傍の石と化し、今もなお行き交う人々に踏みにじられ蹴られしているという事です…


 
 なんとも後味の悪い救いようのない話ではありますが、お千代さんの我が身可愛さからの裏切りと、冷酷で残忍な所業を憎む事ができません。 土中に埋められ、顔をぽっくり下駄で踏み潰される苦痛を想像すると身の毛がよだちますが、その半面、僕にとっては胸がときめいて股間が熱くなるファンタジーでもあるのです。

 頭部や顔面を踏みつけられるのは、人としてこれ以上ない屈辱でしょうが、マゾヒズム的には主従関係をはっきりと位置付けるマウンティングのようなものと考えられます。

 沼正三の提唱するスクビズムの類型の肉体的下部に分類される願望と言えるでしょうか。

 SMプレイにおいては、女王様へのご挨拶と同様に儀礼的な側面もある“踏みつけ”ですが、客という立場を封印しマゾヒズムにスイッチが入る重要な儀式でもあったように思います。

 女王様はもっと積極的に奴隷を踏みつけるべきだと思うのですが、いかがでしょうか?


 ご主人様! どうか貴女のお足元に這いつくばる奴隷を容赦なく踏みつけて下さいませ。

 僕は貴女に踏みつけられれば踏みつけられるほどに強く丈夫に育つムギのようでありたいのです^ ^



domina_001.jpg


放置の白バラ

近日更新予定です(^o^)
humitsukete_01.jpg

ドミナの虚像と実像


  「わたしは…普通の女の子だよ」

 お猪口の淵につややかな唇をあて、僕の瞳の奥の反応を探るように見つめながらご主人様はそう仰いました。

 その美しさと輝きはとても普通ではないのだけれど、ご主人様の仰りたい事はわかりました。

 随分以前、ご調教中に「ムギは自分の中の私を見過ぎ!」とご注意を受けた事もありました。


 普通の女の子。

 かつて コンサートの最中、「私たちは普通の女の子に戻りたい!」とファンの前で涙ながらに訴え、解散した女性アイドルグループがあったっけ。

 ファンが求めるイメージを損なわないように、生い立ちや私生活、恋人の存在をひた隠しにし、虚像を演じ続ける事に疲れ果てて消え去っていったアイドル達は、どれほどいたことでしょう。


 女王様というのは、ある意味M男が都合良く作り上げた虚像です。


 当然ながら、彼女達は女王様である前に1人の人間であり、等身大の女性であるはずです。

 女王様がたはM男の夢を壊さないように、理想の女王様像を演じて下さっている。


 「プレイ時間外に女王様から敬語を使われると萎える」と言っていたM男性がいました。

 接客は不要。 彼は、初対面からタメ口で常に上から目線で接してくれる女王様がお好みなのだそうです。

 冷酷に、手加減は一切なしで徹底的に責められ追い込まれたい。
万が一ひどい怪我を負ったとしても、動揺したり申し訳なさそうな顔で謝られると女王様としての資質を疑ってしまう、と。

 彼は僕のご主人様をご存知で、「お店にいた頃一度お目にかかりたかったけれど、最後までスケジュールが合わず願いは叶わなかった」と言っていました。

 「それでよかったのかもしれない…」と僕は思いました。

 ご主人様は、乞われればそうしたふうを装うことはできるだろうけれど、本来そこまで徹底した女王様タイプではないと思うから。

 しかし、業界には彼の理想に叶う根っから女王様気質の方々も多勢存在するようです。


 僕はSMクラブ通いの頃、女王様に対してそこまで自分の理想を求める事はありませんでした。 M女性に女王様役を演じて頂いた事もありますし、虚像と承知の上で充分SMを楽しむことができました。

mask_01_20170506122051c20.jpg


 僕のご主人様は柔和なお顔立ちをされているので、どちらかと言えばM女性寄りに見られる事が多いかもしれません。

 出会った頃は、果たして自分が望んでいるようなハードプレイをお願いしてもいいものかどうか、僕のほうが躊躇うくらい清楚な雰囲気を醸し出しておられました。 しかし、実際にはM性は全く持ち合わせておらず、ハードな責めも躊躇なくこなされる生粋のS女性でした。

 ご性格は穏やかで笑顔がとても魅力的ですが、反面、プライドが高く芯の強いかただと思います。

 ご調教時はメリハリがあって、僕を緊張させるに十分な威厳をお持ちです。

 30年以上SMクラブに通って、唯一、心から跪きたいと思った女性でした。

 プライベート奴隷にして頂いてからは、そんなご主人様と虚構ではない主従関係を築きたいと真剣に願い続けてきた事だけは確かです。 

 ご主人様がご自分の事を「私は普通の女の子だよ」と仰った胸の内には、二回りも歳上の男が真摯に自分の奴隷になりたいと懇願する姿に、今も多少の戸惑いを感じられているからかもしれません。


 ご主人様はSMにおいてはハード嗜好ですが、ご調教中は常に僕の反応を観察し、お考えを巡らせながら責めて下さいます。

 ブレーキをかける事なく自分が満足するまで徹底的にM男を痛めつける。

 そんな無慈悲なS女性を望んでいる向きには物足りないのかもしれませんが、M男性の許容を見極めながら、ほんの少しだけそれを超える事でご自分も支配欲を満たされ、奴隷としての自覚も植え付ける…

 そんな手練れは普通の女の子には中々出来る事ではありません。


 僕は、ご主人様のSMに“愛情”を感じています。
たとえ形はいびつであっても、SMも男女の愛の一形態には違いありません。


 もちろん僕も、ご主人様が“普通の女の子”である事は百も承知しています。
むしろご主人様が普段はあまり女王様オーラを発していないからこそ、ご調教時とのギャップに萌えているのだと思います。

 SMクラブを介してお会いしていた頃は、ご挨拶を交わすとすぐに僕が持参したシナリオをお読みになり、そのままストーリープレイに入られていました。 終了するとほとんど雑談を交わす間もなく、慌ただしく次のお客さんの元へと移動されていたので、当時の僕はご主人様が女王様の時のお顔しか知りませんでした。

 僕の方もあえて、ご主人様の素顔や私生活には興味を持たないようにしていました。

 女王様はいつ突然お辞めになるかわかりません。 あまり深入りし過ぎると、お別れが来た時に辛い思いをする事は経験が教えてくれていたからです。

 プレイ後にお忘れ物をされていく事が多かったので、多少そそっかしい面をお持ちなのかなとは思っていましたが、あとは謎のベールに包まれた女性でした。

 ところが、店外でお会いするようになってからは、ご調教中に日常的な会話を沢山交わすようになり、そのお人柄やご関心事など、自然とご主人様の素顔に触れられるようになりました。

 女王様の実像を知ることで、失望を感じてしまうM男もいるかもしれません。 しかし僕の場合は、ご主人様の素顔を知れば知るほどその魅力に惹かれていき、崇拝心も高まっていきました。

 ご主人様の事を女王様として崇拝しているというよりは、1人の女性として敬愛し憧れ、崇拝している。 ここ最近、特にその事を強く自覚するようになりました。


 昨年の10月3日、ご主人様と僕は主従関係をより一層強固なものにする為のセレモニーを行いました。

その経緯をブログで公開しようと途中まで書き綴りながら半年が過ぎた今もお蔵入りさせたままなのは、余韻に浸っていたいという気持ちと、あの日から劇的に変わった主従関係を2人だけの秘め事にしておきたいという思いからかもしれません。


 
 その日、セレモニーを終えて、ご主人様と僕は初めてホテルの外でお酒を酌み交わしました。

 それまでご主人様は、他に交流をされているM男達とはプライベートでも気軽にお会いになり、お食事やショッピング、SMイベント等をご一緒されていました。 しかし、僕とだけは頑なに、お店の頃と変わらぬ密室のご調教のみで支配と服従の関係を維持されてきたのです。

 それはもしかしたら、必要以上に素の自分を見せる事で、僕がご主人様に抱いている崇高とも思えるイメージを損なってはいけないというご配慮からだったのかもしれません。

 あるいは自分の事を信奉し過ぎている信者の前で、虚像を演じ続ける事に疲弊されていたのかもしれません。

mask_02.jpg


 ご主人様はその当時、「ムギは私の奴隷、他のM男くん達は同じSM趣味を持つ同士のようなものかな…」と仰っていました。

 それは僕にとって、この上ない名誉あるお言葉だったはずです。

 ところが僕は、他のM男達と遊興を重ね、その様子を楽しげに語るご主人様を見る度に疎外感を覚え、孤独感を深めていきました。

 ご主人様とご調教以外の時間にも交流を深めたいという思いは、僕が個人奴隷にして頂いた頃からの願いでした。
しかし、最底辺の奴隷のステータスを望んだのもまた、僕自身だったのです。


 僕はご主人様の素顔に触れた事で、人としてご主人様に熱烈な恋心を抱いてしまったのでした。


それは禁断の片思い。


 下から仰ぎ見るだけで十分だったはずなのに…美しい花を咲かせるための養分になりたいと願っていたはずなのに…見返りを求めない愛情を注ぐ事が奴隷の本分だと思っていたはずなのに…

奴隷になりきれない自分との葛藤。


 僕は他のM男達に耐え難いジェラシーを覚え、ジレンマに悩み、傷つき、苦しみのあまり一度はご主人様の元から離れようとまで考えました。

 けっしてご主人様とノーマルな恋人同士になりたかったわけではない。 男女の深い関係を望んでいたわけでもない。 そんな事は畏れ多い事です。

でも、心と心の奥底では信頼し合い、もっと深い絆で結びついていたい。


 その当時、ご主人様とメールで連絡を取り合うのは月に2〜3回程度、内容も日程の調整が主でした。 ケータイ番号を交換してはいたものの、かけた事もかかってきた事も1度もありません。 お会い頂けるのは月に1回、ご調教時の6時間だけ。

 それなのに家に1人でいると毎日四六時中ご主人様の事ばかりを考えてしまい、何も手につかず悶々と苦しみ続けていたのです。

 お会いしている時は何もかも忘れてご調教に集中できるのですが、ご主人様をお見送りし、ホテルの部屋に1人になった途端、いつも激しい孤独感に襲われました。


 このままでは苦しくてどうにかなってしまいそうだ…

 ご主人様にもご迷惑をおかけしてしまうかもしれない…


 当時の僕は、私生活においても様々な心配事やストレスに心を乱されていた時期でもありました。


 もう、このまま奴隷を続ける事は限界かもしれない。 しばらくの間、ご主人様とは距離を置きたい…


 僕はご主人様にメールで苦しい胸の内を伝え、ご調教の無期限の休養願いを申し出ました。

 初めて巡り合った日から数えて5年。 その間、僕にとってご主人様のいない生活は考えられませんでした。

 自分がどうなってしまうのか想像すらつかないままに、気がつくと僕はメールの送信ボタンを押していました。


 ご主人様は、僕の突然の申し入れに大変驚かれたようです。 身体に焼印でお名前まで入れて頂き、生涯奴隷としてお仕えする事を誓ったはずなのに…。

 それまで奴隷という虚像を演じていたのは僕の方だったのかもしれません。


 ご主人様は3通に渡る長文のメールを下さり、僕の事を引き留めて下さいました。 そこに書かれていたご主人様の僕に対する思いは、意外でもあり、とても嬉しかった…

 今思うと、僕の気持ちを慮って下さったのか、虚実入り混じる内容ではありましたが、お言葉の一つ一つが胸に突き刺さりました。

 「泣きながらこのメールを書いているよ。 ムギとはもう二度と会えないかもしれないけれど、共に過ごした時間は忘れないよ。 私の感情を動かしてくれてありがとう…」

 僕はすぐにでもご主人様の元へ行き、お足元にすがりつきたい気持ちになりました。

 でももう後戻りはできない…

 再び必ずご主人様の元に帰ってくる事をお誓いし、僕は一人長いトンネルの中に入って行ったのでした。


 それは僕にとって辛く苦しい地獄の日々でした。

 精神的にどん底だった頃に巡り合い、すがるように跪いた女神のような存在。

 あの頃はご主人様の存在にどれほど救われた事でしょう。

 僕は自らその安らぎの場所を捨て、再びどん底へと堕ちていったのです。

 その後、抜け殻のようになった僕は新規の仕事をほとんど断り、何もする気力がなく1人家に閉じこもる日が続きました。

 灰色で沈鬱な日々。

 苦しみから逃れられるどころか益々募るご主人様への想い焦がれ。

 一体自分は何をしたかったのだろう?… 今思い返してみてもよくわかりません。 もしかしたら軽いうつ状態だったのかもしれません。

 これまでもけっして順風満帆な人生ではありませんでしたが、これほど大きな喪失感を味わい、空虚感を抱いた事はありませんでした。

 心にぽっかりと穴が開いたような…

 当時の僕にとってこれほどピッタリ当てはまる表現は他に見当たりません。

 しかし、それはご主人様と自分の関係性を見つめ直す良い機会でもあったのです。


季節は冬から春へ。


 少しずつ暖かくなってきた頃、僕はご主人様との再会を願い出ました。 ちょうど昨年の今頃の事です。


 僕は一体どんな顔をしてご主人様にお会いしたらいいのだろう…

 信頼を損なう行動をとってしまった事で、主従関係に大きな溝ができてしまったのは間違いない…

 そんな事を考えると再会に及び腰になりますが、あまり期間を空けてしまうと今度はご主人様のほうから拒絶されてしまいそうな気がしました。


 僕の休養期間に合わせるように、ご主人様と他のM男達の関係もなんとなくギクシャクしてしまったようでした。

 メールで「あれから私も色々と自分の事について考えているよ。 ムギが戻ってくる時まで私は女王様を続けていられるかどうかわからない…」と心細いお言葉を頂きました。

 「そんな事は仰らないで下さい。 ご主人様が女王様をご引退されたら、僕には帰る場所が無くなってしまいます。」 自分勝手な事をしておきながら、僕は祈るような気持ちでいました。

 しばらくしてご主人様から返信がありました。

 「ムギが私の事を女王様と思っていてくれるなら、その間、私はずっと女王様でいられる…」

 そのお言葉で僕はハタと気がつきました。

 普通の女の子を女王様たらしめているのは、彼女を崇拝する奴隷達の存在である事を…


 5ヶ月間の休養を経て奴隷として復活させて頂いた時、ただ一つだけわかった事がありました。

 それは「僕は、ご主人様がいて下さらなくては生きていけない」という事実でした。

 ご主人様が自分の人生にとってかけがえのない存在である事を再認識したのです。

 そして、僕の存在がご主人様のSMに多大な影響を与えていたという事も改めて知りました。


 久しぶりに再会させて頂いたご主人様は、何事もなかったかのように以前どおりの優しい笑顔で僕を迎え入れて下さいました。

「私にどれだけ寂しい思いをさせたと思っているの⁉︎」と仰って、特大のお灸を据えられてしまいましたが、僕の中のわだかまりは氷解していました。

 
 僕は奴隷としてあるまじき行動をとってしまいましたが、結果的にはそれがご主人様との絆を深める事になりました。

Kneel to female


 復帰から約半年後、昨年10月3日に行ったセレモニーでは、それまでの二人の関係を仕切り直し、新たな気持ちで奴隷としてお仕えする事を誓約させて頂きました。

 「ムギが他の子達に嫉妬する理由なんか何もないよ。 むしろムギは嫉妬される立場でしょ?」

 セレモニーを一通り終えるとご主人様はそう仰って下さいました。


 僕はその日以来、自分のプライバシーや個人情報を全て包み隠さずにご主人様の前に開示するようになりました。

 真剣に生涯奴隷としてお仕えさせて頂く気持ちがあるのならば当然の事ですが、以前の僕にはそこまで踏み切れない迷いもあったのです。

 
 ご主人様も僕の真剣な思いに応えて下さり、ありのままのお姿を見せて下さるようになりました。
ジグソーパズルのピースを一つ、また一つと…組み合わせていくように、少しずつご主人様の実像が姿を現し始めました。

 女王様と奴隷の距離はかつてないほど近づいていました。

 距離が近づけば近づくほどご主人様が仰っていた普通さも沢山見えてきました。 その中にはもしかしたら知らないほうがよかったのかも…と思えるような事実もありました。

 心がざわざわしたり、ヒリヒリしたりする事もありました。

 けれども、ご主人様の真実のお姿を受け容れていく事は、真の奴隷になるためには必要不可欠な事だと思えました。 ご主人様の実像を知らないままでは、本物の崇拝ではないような気がしていたのです。

 両者が虚像を捨てて向かい合い、改めて僕がご主人様の前に跪いた瞬間に、初めて本物の主従関係が築かれたと思いました。

 しかし、たとえどんなにご主人様との距離が近づいたとしても、僕は決して奴隷の立場を忘れる事はありません。


 ご主人様との主従関係は新たなステージを迎えつつある…

 そんな実感に今、奴隷の胸は激しくときめいているのです。

domina_001.jpg

おみ足奴隷

 ご主人様のご命令で、初めておみ足の爪にペディキュアを塗らせて頂きました。

 ささやかながらもご主人様のご美貌に貢献できる事に、奴隷の歓びを感じます。

 ベッドに腰掛けて寛がれているご主人様の前に跪いてお履物をお脱がせし、まずは両手でおみ足を恭しくお抱えします。

 美しく並んだ指先に映えるピンク色の爪の眩しいこと!

 神の作りたもうた珠玉の造形物にあえて人工的な美しさを施す必要はないとは思うのですが、これも美に対して貪欲な若い女性のおしゃれの一環なのでしょう。


foot slave04

 
 左手でご主人様のおみ足を支え、右手に刷毛を持ってはみ出さないよう、ムラにならないようにと気遣いながら一本ずつ丁寧にペディキュアを施していきました。

 細かい作業は割と得意な方ですが、刷毛をつまむ指先が緊張で微かに震えます。

 なにぶんにも女性のおみ足の爪にペディキュアを塗るなどという甘美な行為は、生まれて初めての経験ですから中々上手く塗れません。

 「大丈夫。 乾けばムラは目立たなくなるから…」とご主人様が優しいお言葉をかけて下さいます。


 “ああ、これってなんだか谷崎潤一郎の描く世界観みたいだな…”

 そんな事を考えながら、かつて肉体的受苦しか受け付けなかった己の偏狭なマゾヒズムに思いを巡らせます。

 ハードマゾを気取り、毎回自分が望むプレイばかりを女王様に事細かく指示し、肉体的苦痛を与えられる事のみがマゾヒズムの醍醐味だと思い込んでいたあの頃。

 ご主人様と巡り会わなかったら、こんな甘美な味わいは露ほども知らず、偏ったマゾヒズム観を持ったままで生涯を終えていた事でしょう。

 最近の僕はご主人様のおみ足を洗浄させて頂いたり、マッサージを施させて頂いたり、種々の貢物や贈答品を献上させて頂いたり、お食事やショッピングのお供をさせて頂いたり、ささやかながらもご主人様に尽くす事に無上の幸福感を感じているのです。


foot slave01


foot slave02


 ああ!この美しいお方の為に、微力ながらもお役に立てる奴隷になりたい!

 大切な方に尽くす歓びを知ると、自己のちっぽけな欲望なんて消し飛んでしまう。

 心から崇拝できる女王様が目の前に現れて下されば、マゾヒストは“変わる”事ができるのです。

 いや、実はこれこそが女性支配の真髄であり、僕が無意識のうちに探し求めていた理想の主従関係なのかもしれません。


 「おみ足って可愛い言い方だよね」とご主人様。

 確かに情緒ある日本語独特の敬語表現ですが、ご主人様のような可憐な女性の足にこそふさわしい呼び方だと思います。

 
 僕はご主人様のおみ足が大好きです。

 清潔感があって無味無臭に近いので、フェティシズム的には物足りない感もありますが、その上品な形状や触れさせて頂いた時の温かく柔らかな感触は絶品です。

 目の前にあるとそっと口づけたい誘惑に駆られますが、奴隷の唾液で穢すのは畏れ多い高貴な存在です。

 ましてそのおみ足先で顔面やペニスを弄って欲しいだなんて口が裂けても言えません。

 ただただひれ伏して、芸術品のように鑑賞させて頂くだけで幸せなのです。


 foot slave03


 女性の足を愛でるという行為には、なぜだか変態っぽい響きがあるようです。

 人体の中でも不浄とされている部位に愛情を感じる事は、禁忌で堕落した行為なのでしょうか?

 
 ならば僕にとって最もふさわしいのは、ご主人様のおみ足の奴隷としてお仕えする事でしょう。

 以前、おみ足裏のケアをさせて頂いた際にヤスリで角質を削り過ぎてしまい、お怪我を負わせてしまった事がありました。 罰としてジャリジャリとしたお靴の裏を舐めさせられて、それはそれでやたらと興奮してしまいましたが、おみ足には二度と触れさせて頂けないかもしれないと絶望的な気分に陥った事を思い出します。

 幸いその後はお許しを頂き、今では再びおみ足のケアを仰せつかっております。

 ご主人様のおみ足を隅々まで洗浄し、タップリとクリームを擦り込ませて頂き、ペディキュアまで塗らせて頂けるという栄誉を授かっているのです。

 こんな幸せな事があるでしょうか⁉︎

 
 一本鞭で打ちのめされる歓び、男性機能を管理される歓び、全てを捧げ奴隷契約を締結する歓び、お名前を刻まれて所有物となる歓び、これらは全てご主人様が僕に教えて下さった事です。

 そして今また、主の為に尽くす歓び

 
 僕は半年ほど前に、ご調教時における男性としての性的快楽は一切放棄しました。

 奴隷が主人に性的なサービスを求める事は、リアルな主従関係にはそぐわないと判断したからです。


 「SMが好きであればあるほど接客業としてのSMに悩む…」と、ご主人様は仰いました。

 悩みに悩んだ末、SMクラブをお辞めになられたのだと思います。

 
 その事が何を意味するのか、僕なりの答えを出した時、僕とご主人様の関係は劇的に変わりました。

 
 僕は自らの下半身の奴隷ではなく、これからもご主人様の奴隷であり続けたいと切に願っています。

 神のように崇める女性をお支えし、尽くす事は奴隷として最大の歓びです。

 しかし僕の奴隷修行はまだ始まったばかり。

 これからもご主人様を仰ぎ見ながら、長い道のりを歩んでいきたいと思います。


domina_001.jpg

プロフィール

mugi

Author:mugi
踏みつけられて、より強く丈夫に
育つムギの様でありなさいと
ご主人様が付けて下さった奴隷
名です。なんという素晴らしい
ネーミングセンス!
しかも音の響きも可愛らしい。
ビールが大好物の僕にピッタリ!
とても気に入っています(*^o^*)
馬派(苦痛)・犬派(奉仕)・豚派
(便器)全てのM性癖を持ち合わ
せたオールラウンダーな変態を
目指しています。

アクセスカウンター
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
最新コメント
最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。