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当ブログへご来訪頂きまして、誠にありがとうございます!!


このブログは、femdom(女性支配)と、男性マゾヒズムに特化した内容となっております。  ご興味のない方は、不快に思われる内容も多数含まれておりますので、閲覧される場合は全て自己責任にてお願い致します。
なお、アダルト向けですので18歳未満の方の閲覧は固くお断り致します。

マゾとフェチの融合

 S&Mスナイパーの「SM診断」をやってみました。

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 “肉体的苦痛系マゾから精神的主従系マゾにシフトし始めている”と自己分析していたら、結果はなんとフェチだったでござる。

 確かに僕自身、フェチ的な要素を沢山持っている事は自覚しています。

 女性の身体的特徴に関して言えば、髪フェチ、髪から覗く耳フェチ、大きな眼フェチ、膨らむ小鼻フェチ、ややめくれ上がった唇フェチ、腋フェチ、低身長フェチ、豊臀フェチ、しなやかな指先フェチ、脚フェチ、足フェチetc…

 そして何よりも女性器に対する異常なる執着と偏愛。

 通常は女性器に対して性的興奮を覚えるのは当然の事であり、それをフェティシズムとは呼びませんが、僕の場合は挿入欲がなく、ただただ崇敬の念を抱き、跪いていたいと願っている所がアブノーマルだと思われます。

 女性器へ崇拝と畏怖は、僕のマゾヒズムと密接に繋がっている気がするのです。

 最近、女性を不浄なものとして、救命行動中の女性看護師に対し、土俵上から降りるように促した日本相撲協会が非難を浴びていましたが、どう考えても“不浄で醜く下等な存在”は男の方だと思います。

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 物品に関しては、好きな女性が愛用した物や製作した物、身に着けた物は何でも好む傾向にあります。
特に女性が身に着けた物に関しては、僕の場合、女性の体液に対するフェティシズムが深く関わっていると思うのです。

 唾液や鼻水、汗や聖水、経血や女性器からの分泌物…これらに対しては神格化に近い崇拝の念を抱いていますから、それらが染み付いた物品を欲しがるのはごく自然なのです。

 別に隠していたわけではありませんが(笑)、僕は若い頃、JR・T駅前の雑居ビルにあった某ブルセラショップに行った事があります。 女性の使用済み下着が欲しくて、お酒が入った勢いで1人フラフラと入店したのでした。

 店内はセーラー服やブレザー、スカート、テニスウェアや体操着、水着類、その他制服の類が天井から大量に吊られ、女性特有の甘い香りを放っていました。棚にはブルマや下着、ストッキング等々が所狭しと並べられています。 

 僕のお目当のショーツは、1日履き、2日履き、3日履き…と体液の付着の度合いで価格が異なっていました。 下着はナマモノなので、長く売れ残ってカビてしまった賞味期限切れの品は、洗濯後にワゴンで安売りされていました。

 店内に置かれた女性モニター達の写真付きリストには、清楚で可愛らしい雰囲気の女性達が多数登録されていて驚きました。 ヤンキーやDQN女性の下着を欲しがる男性は、少数派なのでしょう。

 商品の下着は透明のビニールで包装され、1つ1つにモニター女性の生写真が封入されていました。 僕のタイプの女性も大勢いて食指が動きましたが、散々店内を物色しながら結局購入はしませんでした。

 理由は単純で、いくら写真付きだからと言っても、本当にその女性が着用した物かどうか確証がなかったからです。 自然な汚れを付着させる為にはある程度の時間が必要です。 しかも汚れの度合いで価格が変わってくるのならばなおさらでしょう。 よく売れる女性の写真を別の子が使用した下着に封入して、増産することも充分可能だと思えたのです。

 残念ながら当時の性産業の業界は、そうした不正やインチキがまかり通っていました。 女性が本当に身に着けた物ならまだしも、“裏物の本”などには、女性の分泌物を人工的に作って塗りつけたまがい物が出回っているような事も暴露されていました。 そのブルセラショップはマニアが推奨する有名店だったので、良心的な商品を提供していたと思いますが、それでも何も買わずに店を出てきてしまいました。

 従業員が全員男性であり、彼らの手が一度は商品に直に触れたであろうと考えると、買う気が失せてしまったというのもあります。

 僕は下着より、付着した女性の分泌物の方に性的興味があるので、どんな人が使用した物なのか?その一点に強いこだわりがあります。

 よくニュース番組で、下着泥棒が盗んだ大量の証拠物件を、警察の施設にズラッと並べてある様子が流れますが、所有者がどんな女性かもわからない、しかも洗濯された下着のどこに魅力を感じるのか、罪を犯してまで盗む気持ちが僕には理解できません。

 同じように、男女共用トイレの汚物入れから使用済みの生理用品を持ち帰って収集するマニアの方がいますが、僕は誰が使用したかわからない物には興味が湧きません。

 少年期に、憧れの女の子のリコーダーを舐めたという話しはよく耳にしますが、これは理解できます。 ただし、女性に対してそうした迷惑行為を働く事は、僕のポリシーに反します。

 ある時期から、モニター女性を店内に待機させて、その場で脱いだ下着を販売する新しいタイプのブルセラショップが出現するようになりましたが、これなどは僕のような疑い深い人間が大勢いるという証明だと思います。 作家や漫画家のサインなどと同様で、憧れている本人から直接頂いたものでない限り、常に贋物疑惑がつきまとうのです。

 結局、僕が女性の使用済み下着を入手したのは、それから何年も経った後、某SMサークルで知り合った素人S女性にお願いして譲って頂いたのが最初でした。 一枚3千円程で何回か譲って頂いたと記憶しています。

 若い頃の僕は純情で、SMクラブの女王様に「今履いているショーツを譲って下さい」などと、そんな大胆で恥ずかしい事は頼めなかったのです。

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 まだご主人様がSMクラブに在籍していらっしゃった頃の事。

 プレイ中に唾液を大量にコップに貯めて頂いて、それを咀嚼したパンやチョコレートの上にシロップのようにかけた物を餌として戴いていました。

 その時使用したホテルの備品のガラス製のコップを、ティッシュに包んで大事に持ち帰った事があります。 コップの表面にうっすらと泡状に乾燥したご主人様の唾液の痕跡が、今も当時の状態のまま残っています。

 それが、僕がご主人様のご使用になられた品々を蒐集するキッカケとなりました。

 ご主人様は、ホテルにお忘れ物をして帰られる事が多かったので、その時の品が数点手元にあります。 

 私物と思われる、派遣会社のロゴが入ったボールペン。 ご主人様の女王様以外のお顔が垣間見れた一品でした。

 リップクリームは次にお会いした時にお返ししようと思って保管していましたが、ご不要との事でしたので頂戴しました。
変態が一度手にした物なので、口や性器などを付けていないかご不安だったのでしょう。 しかし、誓って申し上げますが、僕は女性の所有物に性的な悪戯をした事は一度もありません。

 そしてプレイにご使用された歯ブラシ。
咀嚼プレイの後、歯を磨いてご主人様のお口でクチュクチュしたお水を、僕の口中に吐き出して頂いていたのですが、その時の歯ブラシを一本だけ持ち帰って保存しています。

 ベッドに落ちていた毛髪は、ご主人様のご許可を頂いてから、これも大切にティッシュに包んで持ち帰りました。

 奴隷にして頂いてからは、ご主人様にお願いをして、使用済みのショーツやブラジャー、パンティストッキング、Tシャツ、スニーカー、ボンデージ衣装、マスク、生理用品、パンティライナー等々をお譲り頂きました。 使い捨ての物以外は、新しい品を購入して差し上げる代わりに、ご不要になった古い方を頂くという条件です。 もちろん全てご主人様に着用して頂いた後、未洗濯のままでお譲り頂いたプライスレスな品々です。

 マニアの中には、女性の使用済み下着を舐めたり、被ったり、自分で履いてオナニーしたりする人もいるようですが、僕はそういう事は一切しません。 せいぜい鼻を近づけて香りを嗅ぐ程度で、あとはジップロックに封入して大切に保管し、時たま出してみては鑑賞して楽しむくらいです。

 それ以外に僕が最も大切にしているのは、ご主人様が直筆で書いて下さった奴隷契約書と妖怪ウォッチのイラストです。 

 以前、僕がパソコンで作った奴隷契約書は、僕自身が契約条項に違反した為、一度破棄し、新たにご主人様自ら作って下さった物です。 しっかりとしたお奇麗な字で、一条一条丁寧に、ご主人様のお言葉で書いて下さった契約書は、僕がパソコンで作った物とは全く重みが違います。

 イラストの方も、一度下描きをされた上でサインペンを使って輪郭線を描かれ、色鉛筆で丁寧に着色して仕上げて下さいました。
なにより、ご主人様が奴隷の為に、わざわざ貴重なお時間を割いて製作して下さった心のこもった品であり、僕の宝物です。

 その他、ご主人様のご聖水をペットボトルに入れて持ち帰り、自宅の冷凍庫で凍らせて保存していた事もあります。
製氷皿で凍らせて、最終的にはウィスキーを飲む際に使用させて頂いたのですが、ほんのりと聖水が香る極上のお酒が出来上がるのです。 ここまでくるとかなり高度なフェチかもしれません。

 ご主人様から戴いたこれらの貴重な品々は、プラスチックのケースにまとめて厳重に保管してあります。

 僕にとってご主人様は美しくて気高く尊い存在。 そんなご主人様のご使用になられた物は全て僕の崇拝の対象です。 不浄な存在の僕がそれらに直接触れて汚すのは恐れ多いので、ティッシュ越しに摘んだりビニールの手袋をしてから触るようにしています。

 スクビズムによってご主人様を神格化し、身体的な特徴はもちろんの事、ご愛用の品々も崇拝の対象とさせて頂いています。

 こうした事からも、僕のフェティシズムはけっして物品に対するものではなく、それらの使用者に向けられたものある事がわかります。

 要するに今の僕は“ご主人様フェチ”なのです。

 それは“この方にだったら、厳しい鞭を受けても耐えられる”だとか、“この方にだったら下僕のように扱われても構わない”というマゾヒズム的な思考に通じるものがあると思います。

 
 谷崎潤一郎の「青塚氏の話」という作品に、憧れの女優の身体的特徴のデータを詳細に集め、彼女の精巧な等身大の人形を作ると言う話がありますが…

 僕の夢は、ご主人様そっくりのラブドールを特注し、それにご主人様の魂を吹き込んで頂き、ご主人様がご使用になられた衣装や鞭を着け、その美しい分身の前に毎日ひれ伏し、拝み、妄想する事なのです。

 これが僕にとって究極のフェティシズムだと考えていますが、何か問題ありましたでしょうか?


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二本の「富美子の足」


 漫画や小説などの創作物は、作者の手を離れた瞬間から作者の物ではなくなるのだと思う。
もちろん著作権の事を言っているのではない。 作品世界の話である。

 作者が意図したものとは全く違った受け取め方をしても、それは読者の自由であって、それこそ百人百様の解釈があり、百の物語が成り立つわけである。

 評論家に見当違いな事を論じられ「そんなふうに考えて書いたんじゃねーよ!」と否定してみてもしゃーないのだ。

矢吹丈が、完全燃焼したリングの上で、うっすらと微笑みを浮かべてやや首を垂れて座っているラストシーンを見て「あれは死んでいるのだ」と解釈するのも、「いやいや、あれは真っ白に燃え尽きて満足そうにしているだけだろう」と解釈するのも読者の自由なのである。

 江戸川乱歩の小説は、映像化した途端に陳腐な物に成り下がる。
彼の文章は、あたかも壮大なマジックでも見せられているかのように、読者のイマジネーションを膨らませるのが巧みなのだ。

パノラマ島鏡地獄も、視覚化された瞬間に、種明かしされたマジックのように輝きを失ってしまう。

 よく漫画の実写化が失敗するのも、舞台設定だったりキャスティングだったりが、ファンが思い描いているイメージとかけ離れているからに他ならない。 そこには百人百様の世界が広がっているわけだから、全てのファンを納得させられる作品を作る事など到底不可能なのである。

 原作ファンはこれらをパラレルワールドだと思って納得するか、あるいは無視を決め込むかしかないのではなかろうか。

 今春テレビドラマ化される、田亀源五郎先生の「弟の夫」のメインビジュアルが解禁され、その再現度の高さが賞賛されいるが、内容に関しては蓋を開けてみるまでは誰にもわからない。

 昨年末、 漫画タウンに連載中の「鎌倉ものがたり」が実写化された際、作者である西岸良平氏が「原作者にとって何よりうれしいのは原作の世界観をとても大切にしていただけた、ということです」と語っていたのを見て、確かに“世界観”て言うのは大事だよなぁと思った。

 時代設定やストーリー展開が多少変わったとしても、演じる俳優のイメージが違っていたとしても、たとえ原作にないキャラクターが登場したとしても、作品の世界観さえ失われていなければ、なんとなく「これでいいのだ!」と納得してしまうのは僕だけだろうか?

 現在公開されている谷崎潤一郎原案のトリュビュート映画「富美子の足」の予告編と、8年前にテレビドラマ化されたBUNGO「富美子の足」の二本を比較してそんな事を感じた。

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 ドラマの方で元・芸者の富美子役を演じた加藤ローサは、純日本女性といったイメージではないけれども、それでもこのドラマは谷崎の世界観をよく再現していたように思う。

 いや、谷崎が「痴人の愛」ナオミ「顔だちなども何処か西洋人臭く、そうして大そう悧巧そうに見え…」などと表現している事から、プロデューサーが谷崎作品にはむしろ日本人離れした顔立ちの女性の方がしっくりくるかもしれないと考えて、加藤を起用した可能性もある。

 同じ原作を元に、どちらも女性の美しい足に対する偏愛を描いているが、かたや死の床に伏した老人の静かなる狂気であり、もう一方は予告編を見た限りではあるが、登場人物全員のあからさまな狂気を感じる。

 また、原作ではFoot-Fetichismとなっていたはずだが、ウエダアツシ監督が撮った映画の方はどうもLeg(脚)の方に比重があるように思える。

 この二作品のどちらがより谷崎潤一郎の世界観に近いのか、一部の谷崎作品しか読んでおらず、トリュビュート映画も未見の僕には判断する事は難しい。

 また、そうする事さえも、あまり意味を持たない事だと思えるのだ。

 
 コミティアに女王様漢字ドリルを出展し終えたばかりのふうこさんから、次回製作の同人誌への参加のお誘いを受けた。

 「谷崎小説のパロ漫画、一緒に書いて同じ本にまとめてコミケに出しませんか?

 谷崎アンソロジーって企画があったじゃないですか?
 あれの更なるパクリを二人でやれば、ネットSM界で話題奪えますよ!」


 谷崎アンソロジーに描いた有名作家陣より、本物のSM愛好家が描いたものの方が受けるのでは?という発想のようである。

 言われてみれば「富美子の足」も、本物の足フェチの監督が製作した方がより説得力がある作品が撮れるような気はする。

 谷崎作品を大して読んでもいないし、理解もしていない僕がパロディなんかやったら、それこそ大谷崎のファンに何を言われるかわからんとは思うけれど、10本の指に満たない読者の目ならなんとか誤魔化せそうな気がしなくもなくもない。

 「ネットSM界の話題沸騰!!」と書いた帯でも付けたら、一部で「嗤い沸騰!!」くらいにはなるかもしれない。


 ちょっとはやる気になってみたものの、やっぱり止めとこうかなと思ったりもする。

 仕事の多忙さもあるので実現するかどうかは流動的だけれども、前述したように今から“作品世界の解釈は百人百様である”と予防線を張っておけば、どんないい加減な作品になっても許されるかもカモシカのお尻(>_<)

 今回の記事は、そんな甘い考えを持って書いたものなのであります。

 どうでもいいか、そんな事。


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緊急告知!! 「女王様漢字ドリル」近日刊行!


 すでにマゾ花の記事で大々的に取り上げられているのでご存知かと思いますが、僕の友人でS嬢のふうこさんが、2月11日(日)のコミティア123(東京ビッグサイト)に出展し、「女王様漢字ドリル」という本を販売する事になりました。

 昨年、「う んこかん字ドリル」という本が流行っていた当時から、このパロディ本のアイディアを聞かされていましたが、おそらく企画倒れだろうな…と高を括っていたら、なんとご本人の執念で実現してしまいました!

ふうこさん、ゴメンなさい‼︎ m(__)m

 本文のアイデアはすぐにまとまったようですが、イラストに関しては最後まで悩み、苦しみ、睡眠時間を削って入稿ギリギリまで何度も描き直していたので是非とも売れてほしいです。

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 今回は初めての出品という事で少部数印刷なので、完売しても大赤字らしいですが、売り切れれば次のステップへの自信と励みになると思うので、ささやかながら僕も応援させて頂きたいと思います。

 ちなみに彼女はチャーミングなお顔立ちをしているハード嗜好の素人S女性です。
当日はご本人が販売に立つので奴隷にして頂けるチャンスかも鴨川!

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 女王様入魂の1冊、M男なら絶対に買いでしょう!

女王様漢字ドリルで感じちゃおうw

 僕もご主人様の分と合わせて予約しましたよん(^O^)

  コミティア123
 スペース番号:O41a
 サークル名:美マゾ図鑑
 日程:2018年2月11日(祝/日)11:00~16:00
 場所:有明・東京ビッグサイト西1・3・4ホール




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我はマゾヒストなり

 
 先日、“あまりにも天気が良かったので、全頭マスクやら一本鞭やら麻縄や手錠やら、口枷やボディハーネスやペニバンやら、持てるSM道具一式を自宅のブロック塀の上に並べて天日干しをしていたら、外出先から帰宅した母親に見つかってしまう”という夢を見ました。

恐るべき悪夢です‼︎(>_<)

 母親が玄関の鍵をガチャガチャと開ける音で気づき、一瞬凍りつく。 顔面は蒼白。
思わず「ウワア、しまったぁ!!」と声にならない声を上げ、玄関隣の和室の窓から身を乗り出して、あたふたとそれらを家に取り込もうとするも時すでに遅し。 怒りとも哀しみともつかない複雑な表情でドアの前に佇む母親と、目が合ってしまいました。

 気まずい空気が流れ、しばしの沈黙。

 「……」

 頭の中では、上手い言い訳はないものかと目まぐるしく考えを巡らせるも妙案浮かばず、「母さん…俺、打ち明けたい事があるんだけど…」と、カムアウトの覚悟を決めたその瞬間に目が覚めたのでした。

 ご近所の目は一切気にしていないところが、いかにも夢らしいアバウトさではありますが、これほど「夢でよかったぁ…」と安堵した悪夢もそうそうありません。 しばらくは動悸が収まりませんでした。


 夢に出てきた母親は、僕がまだ高校生位の頃の姿をしていました。 家も、その頃住んでいた旧宅の間取り。

 その当時、僕は自分の部屋のライティングデスクの引き出しの奥に、参考書に紛らわせてSM雑誌を数冊隠し持っていました。 ある時、それを母親に見られたような形跡がある事に気づき、その事がずっと疑念として心の奥に引っかかっていたのです。

 前回の記事を書くにあたって、古いSM誌の切り抜きを引っ張り出してきた際に、その忌わしい記憶が蘇ってきたので、もしかしたらそれが夢に表れたのかも知れません。

 唯一の救いは、見られたと思われる雑誌が、“M男性の専門誌”ではなかった事。

 女性の緊縛写真が載っているSM誌なら、ちょっと好奇心の強い思春期の男子なら持っていてもおかしくないかもしれない… そうだ、そうに違いない!と考える事で長年自分の気持ちを慰めてきたのです。

 忘却の彼方へと葬り去ってしまいたい青春時代の残滓…

 そう言えば…
僕の両親はとっくに他界しているのですが、その事を知っている、とある女王様からプレイ中に「お前の親が、その恥ずかしい姿を天国から見て愕然としているわよ」と言われ、こちらが愕然とした覚えがあります。

 なんという嫌な言葉責め(>_<)

 それ以来、プレイをしている際に時折、浮遊した母親の霊にじっと見られているような妄想が頭をかすめるようになりました。

「マゾほど素敵な性癖はない!!」などと言いつつも、マゾヒストである自分をどこかで強く恥じている矛盾。

 僕はこれまで、ノーマルなSEXにおいて、勃起はしてもほとんど不能に近い状態である事に苦悩してきましたが、自己のマゾヒズムに関して悩んだりした事はありませんでした。

 マゾヒストに産んでくれた親には感謝しているくらいですし、来世があるとしたら再びマゾヒストに生まれてご主人様と巡り会いたい。

 しかし、そこまで思っていながらも、生まれ持った性癖を女王様以外の他人に打ち明けた事は一度たりともありませんし、自分がマゾヒストである事を人に知られる事をとても恐れているのです。

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 お尻をペンペンされてよがっている程度のマゾならまだしも、女性の排泄物を口にしたり、身体に焼印を入れられる事を切望しているような重度なマゾヒストは、到底世間に理解されるとは思えないからです。

 そうした性癖を隠すことなく、顔出しでビデオ出演しているM男優さん達の事は心から尊敬しています。

 だいぶ前になりますが、ハードゲイSM劇画で有名な田亀源五郎先生が「親にペンネームばれた」とtweetして話題になりました。
 
 田亀先生は、過去に母親にゲイである事を打ち明けていながらも、それまで本気にされていなかったようです。

「あなたゲイなの?」 「そうだよ。前にそう言ったじゃん」 「あら…じゃあ一緒に暮らしている〇〇さんもそうで、そういう関係なの?」 「そうだよ」 「まあ、じゃあ籍とか入れるの?」 「いや、それが出来たら苦労しないんですけどwww」
田亀先生と母親との会話のやり取りがなんとも微笑ましい^ ^

 喜国先生や乾先生の様に作品の内容でなんとなくMっぽい性癖をカムアウトして、それが世間に受け入れられているような状況もちょっとだけ羨ましい。

 しかし、つくづく自分は有名人じゃなくてよかったなぁと思います。
どこから漏れるのか…野球選手の誰それがハードマゾだとか、俳優のあの人がスカトロマゾだとか、カリスマ歌手のあの人がとか、そんな風に世間に噂され、好奇の目に晒されようものならば心休まる時がありません。

 しかしそれらはあくまでも噂の域を出ていないところが、社会的に排除されているであろうマゾヒストの立場を象徴しています。

 LGBTをカミングアウトする有名人はいても、マゾヒストである事を公言する有名人は聞いた事がありません。

 マゾヒストの人権団体や運動家も(おそらく…)存在しません。
ボンデージ姿の女王様達と犬のいでたちで4足歩行の奴隷達が、集団デモをしたらかなりのインパクトだとは思いますが、自分がそれに参加することはまずないでしょう。

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 僕だけではなく、大方のマゾヒスト諸氏がこれまで自己の性癖をひた隠して生きてきた事と思います。

 昔のSMクラブは、受付時に客同士が鉢合わせしない様に最大限の配慮がなされていました。 狭い待合室をさらにカーテンや衝立で仕切ったり、受付時間に若干のタイムラグを設けたり…

 ソープランドのように広い待合室で客同士が顔を合わせ、酒を飲みながら女性の接客を待つ様な光景はあり得ませんでした。 SMクラブでは客の秘密を最大限に保護する事が、店の信用にも繋がったのです。

 女王様もできるだけM男の身体に傷痕を残さないように気遣って下さいました。
少しでも鞭痕が残ると早く消えるようにとオロナインを塗ってくれたり、バンドエイドを貼ってくれたりしたものです。

 中 学 生の頃だったか、ワイドショーの身の上相談で、夫の身体に無数の鞭痕を発見した主婦からの相談を取り上げていたことがありました。 この番組をたまたま親と観ていた僕は、その場にいたたまれなくなってトイレに立ち、そのまま二階の自分の部屋に上がってしまいました。

 その後、回答者がどのように答えたのかはわかりませんが、夫のM性癖の発覚は夫婦双方にとって不幸な出来事だったと思います。

 僕は現在は一人暮らしですが、家族がいた頃は、増え続けるM雑誌やMビデオやプレイ道具の隠し場所に頭を悩ませ、四苦八苦していました。 外出先で「うっかり、あれを出しっぱなしにして来たのではないだろうか?」と不安に苛まれ、早々に帰宅して杞憂であった事に胸を撫で下ろした事も一度や二度ではありません。

 SMクラブに行った日はその痕跡が残っていないか細心の注意を払い、傷跡が残っていた場合は、家族が寝静まった深夜に入浴したりしていました。

 それでも、何かの拍子にうっかりポカをやらかす事はあります。
いつだったか、家の階段途中に、赤い蝋涙が絡みついた陰毛を発見した時は、冷や汗が出ました。 ご主人様から伺ったお話ですが、子供と入浴中に「パパ、おへそに赤いのついてる」と指摘され、慌ててごまかしたお客さんがいたそうです。

 網タイツを穿いた女王様に長時間顔面騎乗をされ、顎にくっきりと網模様が着いてしまった時は、真夏にもかかわらずマスクをして過ごしました。

 かように、マゾヒストである事を隠し通すために費やすエネルギーと心労は計り知れないものがあります。
クラーク・ケントが命懸けで、スーパーマンである正体を隠し通す苦労に匹敵するかもしれません。

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 なぜ犯罪を犯したわけでもないのに、こうも後ろめたい気持ちになるのだろう…


 できる事ならば“世界の中心で『我はマゾヒストなり!!』と大声で叫びたい” 

 
 
 もし、それができたとしたならば、随分と気持ちも楽になるだろうと思います。

 しかし、そう思う反面、この後ろめたさ背徳感こそがマゾヒズムの真髄であるとも考えるのです。

 僕は、昨今のように、あまりにもオープンでファッション感覚のSMには馴染めません。

 僕の中では、SMやフェティシズムはいまだにタブーアンダーグラウンドのイメージが強いですし、そうあってほしい。

 拷問は、明るい日差しが射す庭で行うよりも、カビ臭い地下の拷問部屋で行われる方がより似つかわしいと思うのです。


 そろそろ平成の御代も終わりを告げようとしていますが、僕のマゾヒズムはそれよりもだいぶ長い歴史を刻んできました。

homerさんも“生前退位”を口にする今日この頃、まだ若干早いとは思いますが、僕もぼちぼちマゾヒストとしての終活を考える時期が近づいて来ているようです。

 あまり使わなくなった道具類などは少しずつ処分し、手持ちのSMメディアもデータ化して、何かあれば一瞬で葬り去れるような状態にしておきたい。

 自分は、親戚や友人達に生涯マゾヒストである事を隠し通し、墓場まで持っていくつもりではいますが、督助老人が建立した仏足石の墓のようにマゾヒストであった証を遺しておきたい気持ちもあるのです。

 どうせ僕の墓など誰も参ってはくれないでしょうから、墓にハイヒールなどを模ったオブジェを置くのも素敵かも鴨川。

 戒名は“好色院被虐隷従居士”とでもしましょうか。

 両親やご先祖様には合わせる顔がないのであの世には行かず、ご主人様のお傍でいつまでも守護霊となって見守り続けたいと願っているのですが、何か問題ありましたでしょうか?

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切り取られた戦慄

 友人のS女性から、知人のカメラマンに撮って貰ったという彼女と奴隷とのプレイ写真を見せて貰いました。

 仄暗いホテルの一室で、照明機材などは一切使わずに撮影したと思われるモノクロームの連続写真。
ルームライトに浮かび上がる奴隷の苦悶の表情。 S女性の満面の笑み。

 被写体の奴隷はまだ青年で、スポーツで鍛えたという肉体が美しい。
S女性は着衣のままで、肌の露出は一切ない。

 軽い後手縛りから乳首に洗濯バサミ、乗馬鞭、首にロープをかけて四つん這いでの室内引き回し、股間への線香責め、アナルバイブetc…

 無邪気な男女の戯れのような瞬間が淡々と切り取られていて、そこにはSMが持つ後ろめたさのようなものは微塵もありません。 室内は悲鳴や笑いに包まれていたと思いますが、まるでサイレント映画でも観ているような印象です。

 撮影を担当したのは報道畑出身で現在はフリーのジャーナリスト、フォトグラファーとして多方面で活躍中の某氏。

 作為的な表現は排除し、客観的な視線で撮影されたSMシーンは、なるほど報道写真的であると言えるかもしれません。 ノーマルなカメラマン氏の“あえてエロを感じさせない華麗なSM写真を撮りたかった”という狙いは、成功していると思います。

 僕的には、友人S女性のプライベートシーンを覗き見たようなドキドキ感がありました。

 不安におののく奴隷を横目に、彼女が線香に火を着けている一枚が僕の選んだベストショット。
火責めマニアの僕は、女王様がロウソクや煙草にライターで着火している仕草と、炎を見つめている表情に興奮します。 着火フェチという新しいカテゴリーかもしれません。

 最近では全くSM雑誌を購入しなくなってしまいましたが、若い頃は女王様フォトを渇望して、手当たり次第に買い求めていた時期もありました。

 当時は、SMメディアにおいて、まだM男性の地位はかなり低いものでした。
マゾヒズム専門誌などは皆無、ほとんどのSM誌はM女性の緊縛フォトが中心で、男性M関連の記事は一点でも載っていればまだマシな方でした。 とにかくM男にとって情報が少なかった時代。

 ようやく女王様フォトらしき物を見つけても、女王様と奴隷のポージング写真がほとんどで、イマジネーションすら喚起されない迫力不足で刺激の薄い代物ばかりでした。

 下の画像は、そんな中で巡り会った画期的な女王様フォト。
比較的M男記事が充実していたSMコレクター誌の巻末グラビアに掲載されたものです。

 タイトルは「戦慄の鞭」

“女王様と奴隷の魂の交流”とも言える、ガチの鞭打ちを激写した戦慄のグラビアです。

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 肉も裂けよとばかりに、奴隷に一本鞭を叩きつける強烈なカットの連続。
通常、コレクター誌の女王様グラビアは、巻末4ページに5~6カットの写真で構成されていましたが、この回は見開きに小さなショットを並列。 しかしその迫力は、大きなカットをはるかに凌ぐものでした。 実験的とも言える手法は賛否あったかもしれませんが、これまで僕が遭遇した女王様フォトの中で、これ以上抜けるグラビアにはお目にかかった事がありません。

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 先のS女性のフォトと同様、ただありのままのSMシーンを連写した物ですが、こちらは対象的に空気を引き裂く鞭音や奴隷の絶叫、女王様の怒声や撮影現場の張り詰めた空気までがビンビンと伝わってくるようです。 まさに迫真と呼ぶに相応しい。

 芸術写真とはおよそ程遠く、被写体の女王様も失礼ながら垢抜けない容貌で、お世辞にも美人とは言えません。 しかし、それが返ってM心を刺激し、股間を熱くたぎらせてしまうマゾヒズムの不可思議。

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 四つん這いで、苦痛にのたうち回る奴隷の全身を、所かまわず一本鞭で打ちのめす女王様の非情さ。

 両手を吊られ、爪先立ちで受ける巻鞭の激痛。 苦痛に歪む奴隷の顔、顔、顔…

 舌舐めずりしながら、自らが刻んだ愛の痕跡を確認する女王様の表情は、エロティシズムに溢れています。

 口に縄を咬まされ、背に女王様を乗せて恍惚とする人間馬が羨ましい。
 両足を吊られ、頭を床につけた奴隷の顔に跨る女王様が、狙いを定めているのは彼の無防備な股間。
 急所に、鞭の柄が叩きつけられた瞬間を想像するだけで逝ってしまいそうになります。

 まるで荷物か何かのようにコンパクトに縛り上げられたM男の裸体。
うねうねとミミズ腫れが浮き出た膚に、勝ち誇ったようにヒールを食い込ませる女王様の脚線が艶めかしく眩しい。 彼女が手にしている鞭は、あまりに奴隷を強く打ち据えた為か、千切れかかってボロボロです。

 そして戦慄の鞭に耐え切った奴隷に、慈愛の眼差しを向ける女王様のラストショット。

 これこそがSMの主従関係における究極愛なのでしょう。

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 このグラビアはSMコレクターに掲載された物を、本誌を処分する際に切り抜いて保存していたものです。 確か、この回は撮影ルポも併載されていたと記憶していますが、残念ながらそちらは手元に残っていませんでした。

 当時の僕は本格的な鞭打ちはまだ未経験でしたが、このグラビアを見て戦慄を覚えると共に、一本鞭に対する強い憧憬の念を抱きました。

 その後ご主人様と巡り会い、僕自身も何度か全身にミミズ腫れが盛り上がる厳しい鞭打ちを体験させて頂きました。

 しかし鞭打ちに陶酔している為か、このグラビアのような戦慄感はありませんでした。
いや…僕はまだまだ、ここまでの境地には、達していないのでしょう。

 いつか、この身が老いさらばえる前に…失禁するほどの激しい鞭打ちを受けてみたい。
ご主人様に鞭打たれるだけで逝ってしまう、マゾヒストとして理想的な身体に改造されたい。
そんな思いを抱きながら、この懐かしいグラビアを眺めていました。

 現代は、臨場感溢れるM映像を簡単に入手する事が可能になりましたが、いささか食傷気味です。
刺激に慣れきって、早送りしながら観るのがデフォになってしまいました。

 映像は、よりリアルな体感が可能ですが、女王様やM男優のパーソナリティが前面に出すぎて感情移入しづらかったり、情報量が多すぎて想像力を働かせる余地がないなどのマイナス面もあります。
一度観れば充分。 再度見返したくなる作品もそうそうありません。

 今は、このグラビアを上回るハードな鞭打ちや凄まじい鞭痕の映像などはいくらでも見つかる事でしょう。
しかし、僕にとってマゾ心を刺激するという点において、このグラビアを超える画像も映像も、おそらく今後も出てこないと思います。

 今回、古めかしいグラビア写真を引っ張り出してきましたが、改めてファインダーを通したカメラマン独自の表現力や写真の持つ訴求力などを見直すきっかけとなりました。

 この記事を執筆中、偶然マゾ花で女王様のポージングに関する記事が公開されました。
その記事のコメント欄に、何気なく「ポージングでは抜けない」とタイトルを書いた所、homerさんから「僕は女王様のポージングでも抜けたりするかも…」との返信を頂きました。

 なるほどよく考えてみたら、僕の保存しているグラビアにも、ポージングで抜けそうなものが結構ありました。
ただ、それらの共通点は、画面から奴隷の苦しみがひしひしと伝わってくるものでした。 例えば梁に辛そうな体勢で吊られていたり、素肌に鋭利なヒールが食い込んでいたり…

 この「女神の愛」に掲載された顔面椅子のカットも、僕にとって心惹かれる写真です。

 ここは川上ゆう女王様がハイヒールを履かれていればなおよかったのですが、それではバランスを欠いて危険ですし、モデルのM男にとってもキツすぎるのでしょう。

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 僕の場合、女王様のポージングと言うよりは、M男の苦痛と、涼しい顔でそれを与えている女王様の冷酷さに惹かれているような気もします。

 しかし、例えばものすごく好みのタイプのアイドルや女優が鞭を手にしているカットなどは、それだけで抜けそうですし一概には言えませんけれど…

 おそらく、これは受け取る側の想像力の問題なのでしょうね。
 自由に想像を巡らせることができるという点も、写真の大きな魅力の一つであるわけです。

 D・I・S (どうでもいいか、そんなこと…)(>_<)


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謹賀新年

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ブログを一か月半もの間放置し、年末のご挨拶もないまま年を越してしまいました(>_<)
いつの間にか開設四周年を迎えていたのですね・・・
 
昨年はかろうじて12回更新(近日更新のお知らせ含むw)でしたので、今年は20回を目指します!
温かい目で見守ってやって下さい(^^)

今年もマゾステをどうぞよろしくお願い致します。

サディズムの萌芽

 
 ネットの拾い物ですが・・・

houga01.jpeg

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  この写真の少女達はショウガクセーなのだそうです。

 ちなみになぜ“ショウガクセー”と表記するかと言うと、FC2ブログでは“小 学 生” がNGワードになっていて、この単語を使うと記事が公開されません。 小 学 生という言葉はなにやら有害で不適切な単語の様です。
しかし、こうやって半角スペースを打つ事で問題なくなるみたいですね。(笑

 それはともかくとして、このショウガクセーと思われる男女の有り様はどう見てもfemdomです。
少年を縛り上げ、彼の乳首を捻りあげる少女の不敵で残酷そうな笑み。 彼女らの下でされるがままに身を任せている少年の恍惚とした表情。

 SとM 。  支配と服従。  加虐と被虐。

 これらがどういう状況の元で撮影されたものかはわかりませんが、成人した男女の同じ行為よりも圧倒的に僕のM心を刺激する写真です。

 僕も小学校の頃、女子が男子の上に馬乗りになって暴力を振るっている光景に出くわした事があります。

 でも、僕は女子にはやたらに親切な少年だったので、残念ながら女子に馬乗りになられる事はありませんでした。

 当時は永井豪のハレンチ学園の影響で、スカートめくりが流行っていて、男子が女子に追いかけ回されている光景をよく見かけたものです。

 小学校高学年の女子は、男子よりも大人びていて、身体も大きく体力的にも勝っていた子が多かったように思います。
引き倒されて馬乗りになられたら、とても勝てる気がしませんでした。

 その頃、僕はすでにマゾヒズム全開でしたので、女子の集団に吊るし上げられて痛めつけられる妄想を描いては自慰に耽ったものです。

 こうして実体験できる少年達が本気で羨ましい(>_<)

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 人は一体いつ頃から、特殊な性癖が芽生えるのでしょうか?
僕の場合は物心がついた頃とほぼ同時期にマゾヒズムが覚醒しました。

 だから第二次性徴期を迎えた後も、女性は性的な対象というよりは、常に被虐願望の対象と言った感じでした。
特に、容姿に優れていたり学力で叶わなかったりと、高嶺の花のような存在にはそういう思いが強かったです。

 時々、僕と同様に先天的なマゾヒストと思われるような方達に遭遇しますが、彼らは、初体験を済ませてから、あるいはノーマルなSEXに少し飽きてきてマゾヒズムに興味を持った人達とは一線を画するように思います。

 自らの性癖に関して深刻に悩むのも前者の方が圧倒的に多い気がするのです。

 今年の初夏、ご主人様と僕の友人のS女性、そして彼女がご主人様に紹介してくれたM女性と4人で会食をする機会がありました。

 その際、話題は自己の性癖が覚醒した時期の話に遡りました。

 S女さんが「小さい頃はよく、虫をいじめていた」と発言すると、ご主人様は「幼い頃、ダンゴムシの足の数を数えるのに一本一本引きちぎりながら数えていたなぁ」と告白されました。む…酷い(^_^;)

 ちなみにご主人様は、現在ではインセクトクラッシュや動物虐待系はお嫌いで、愛犬を溺愛しているとても心優しい女性です(^ ^)

 小さな子供は、割と日常的に虫や花々に残酷な行為をするものだと思うので、この事がサディズムに直結しているとまでは言えないかもしれません。

 しかし、ご主人様は続けて「子供の頃から男の子を泣かすのが大好きだった…」と仰いました。 それが暴力的行為によるものなのか、あるいは精神的に追い詰めていかれたのかまでは伺いませんでしたが、いずれにせよ男の子が泣く姿に少なからず快感を覚えていたのなら、それはS的な心理と言えるでしょう。 

 僕はそこにご主人様のサディズムの萌芽を感じました。

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 蓮舫氏の「男は泣くな!」発言が、性差別ではないかと問題になりましたが、昔は当たり前の事のようにこう言われたものです。

 特に女の子に泣かされるのは、男の子にとって非常に屈辱的な事だったと思います。

 この力関係の逆転は、ノーマルな少年には忌まわしい記憶として遺恨を残すかもしれませんが、マゾヒスト少年は大いなる歓喜を感じるはずです。

 僕などはご主人様から容赦のない責めを受けて、大声で泣き喚き、みっともない姿をさらす事にカタルシスを感じます。 「男は泣くな」という固定観念からの解放が快感をもたらすのでしょう。

 背中を丸めて這い蹲り、許しを乞うて泣きすがるみっともない姿を受容して下さる女神のような存在。 それがご主人様です。

 以前にもこのブログに書きましたが、ご主人様はお小さい頃から一風変わったお子様だったようです。
リカちゃん人形を赤いサインペンで塗り潰し、血塗れの大怪我をしたように見立てる。 お気に入りのヌイグルミ達は皆一様に全身を包帯でグルグル巻きにされていたそうです。

 「可哀想な状況が、とても可愛いく思えるの。」とご主人様。
現在もマゾが苦しがっていたり、泣き喚いていたりするとゾクゾクすると仰っていますので、この幼少時の行動とサディズムは無関係ではないように思われます。

 幼い頃から心の奥底に秘めていたご主人様のサディズムは、二十代になってSMへの興味へと加速していき、SM交際クラブを経て、お友達のご紹介でSMクラブ勤務へと繋がっていったようです。

 このSMクラブでの僕との出会いが、ハード嗜好へ傾倒していくきっかけとなった事はご本人の口から伺いました。

 僕の方は逆に、それまで肉体的苦痛系一辺倒だったマゾヒズムが、精神的な領域へと導かれていったのは面白い現象だと思います。

世代的には大きな差がありながらも、両者の性癖が調和して見事に噛み合ったことに運命的なものを感ぜずにはいられません。

 
 それにしても…この写真の少女と少年達が、果たしてこの撮影で一体何を感じたのか?
今後、どんな大人に成長し、どのような人生を歩んでいくのか?
その行く末を見てみたい気がします。

 少女、少年たちに幸あらんことを。

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プロフィール

mugi

Author:mugi
踏みつけられて、より強く丈夫に
育つムギの様でありなさいと
ご主人様が付けて下さった奴隷
名です。なんという素晴らしい
ネーミングセンス!
しかも音の響きも可愛らしい。
ビールが大好物の僕にピッタリ!
とても気に入っています(*^o^*)
馬派(苦痛)・犬派(奉仕)・豚派
(便器)全てのM性癖を持ち合わ
せたオールラウンダーな変態を
目指しています。

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