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当ブログへご来訪頂きまして、誠にありがとうございます!!


このブログは、femdom(女性支配)と、男性マゾヒズムに特化した内容となっております。  ご興味のない方は、不快に思われる内容も多数含まれておりますので、閲覧される場合は全て自己責任にてお願い致します。
なお、アダルト向けですので18歳未満の方の閲覧は固くお断り致します。

サディズムの萌芽

 
 ネットの拾い物ですが・・・

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  この写真の少女達はショウガクセーなのだそうです。

 ちなみになぜ“ショウガクセー”と表記するかと言うと、FC2ブログでは“小 学 生” がNGワードになっていて、この単語を使うと記事が公開されません。 小 学 生という言葉はなにやら有害で不適切な単語の様です。
しかし、こうやって半角スペースを打つ事で問題なくなるみたいですね。(笑

 それはともかくとして、このショウガクセーと思われる男女の有り様はどう見てもfemdomです。
少年を縛り上げ、彼の乳首を捻りあげる少女の不敵で残酷そうな笑み。 彼女らの下でされるがままに身を任せている少年の恍惚とした表情。

 SとM 。  支配と服従。  加虐と被虐。

 これらがどういう状況の元で撮影されたものかはわかりませんが、成人した男女の同じ行為よりも圧倒的に僕のM心を刺激する写真です。

 僕も小学校の頃、女子が男子の上に馬乗りになって暴力を振るっている光景に出くわした事があります。

 でも、僕は女子にはやたらに親切な少年だったので、残念ながら女子に馬乗りになられる事はありませんでした。

 当時は永井豪のハレンチ学園の影響で、スカートめくりが流行っていて、男子が女子に追いかけ回されている光景をよく見かけたものです。

 小学校高学年の女子は、男子よりも大人びていて、身体も大きく体力的にも勝っていた子が多かったように思います。
引き倒されて馬乗りになられたら、とても勝てる気がしませんでした。

 その頃、僕はすでにマゾヒズム全開でしたので、女子の集団に吊るし上げられて痛めつけられる妄想を描いては自慰に耽ったものです。

 こうして実体験できる少年達が本気で羨ましい(>_<)

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 人は一体いつ頃から、特殊な性癖が芽生えるのでしょうか?
僕の場合は物心がついた頃とほぼ同時期にマゾヒズムが覚醒しました。

 だから第二次性徴期を迎えた後も、女性は性的な対象というよりは、常に被虐願望の対象と言った感じでした。
特に、容姿に優れていたり学力で叶わなかったりと、高嶺の花のような存在にはそういう思いが強かったです。

 時々、僕と同様に先天的なマゾヒストと思われるような方達に遭遇しますが、彼らは、初体験を済ませてから、あるいはノーマルなSEXに少し飽きてきてマゾヒズムに興味を持った人達とは一線を画するように思います。

 自らの性癖に関して深刻に悩むのも前者の方が圧倒的に多い気がするのです。

 今年の初夏、ご主人様と僕の友人のS女性、そして彼女がご主人様に紹介してくれたM女性と4人で会食をする機会がありました。

 その際、話題は自己の性癖が覚醒した時期の話に遡りました。

 S女さんが「小さい頃はよく、虫をいじめていた」と発言すると、ご主人様は「幼い頃、ダンゴムシの足の数を数えるのに一本一本引きちぎりながら数えていたなぁ」と告白されました。む…酷い(^_^;)

 ちなみにご主人様は、現在ではインセクトクラッシュや動物虐待系はお嫌いで、愛犬を溺愛しているとても心優しい女性です(^ ^)

 小さな子供は、割と日常的に虫や花々に残酷な行為をするものだと思うので、この事がサディズムに直結しているとまでは言えないかもしれません。

 しかし、ご主人様は続けて「子供の頃から男の子を泣かすのが大好きだった…」と仰いました。 それが暴力的行為によるものなのか、あるいは精神的に追い詰めていかれたのかまでは伺いませんでしたが、いずれにせよ男の子が泣く姿に少なからず快感を覚えていたのなら、それはS的な心理と言えるでしょう。 

 僕はそこにご主人様のサディズムの萌芽を感じました。

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 蓮舫氏の「男は泣くな!」発言が、性差別ではないかと問題になりましたが、昔は当たり前の事のようにこう言われたものです。

 特に女の子に泣かされるのは、男の子にとって非常に屈辱的な事だったと思います。

 この力関係の逆転は、ノーマルな少年には忌まわしい記憶として遺恨を残すかもしれませんが、マゾヒスト少年は大いなる歓喜を感じるはずです。

 僕などはご主人様から容赦のない責めを受けて、大声で泣き喚き、みっともない姿をさらす事にカタルシスを感じます。 「男は泣くな」という固定観念からの解放が快感をもたらすのでしょう。

 背中を丸めて這い蹲り、許しを乞うて泣きすがるみっともない姿を受容して下さる女神のような存在。 それがご主人様です。

 以前にもこのブログに書きましたが、ご主人様はお小さい頃から一風変わったお子様だったようです。
リカちゃん人形を赤いサインペンで塗り潰し、血塗れの大怪我をしたように見立てる。 お気に入りのヌイグルミ達は皆一様に全身を包帯でグルグル巻きにされていたそうです。

 「可哀想な状況が、とても可愛いく思えるの。」とご主人様。
現在もマゾが苦しがっていたり、泣き喚いていたりするとゾクゾクすると仰っていますので、この幼少時の行動とサディズムは無関係ではないように思われます。

 幼い頃から心の奥底に秘めていたご主人様のサディズムは、二十代になってSMへの興味へと加速していき、SM交際クラブを経て、お友達のご紹介でSMクラブ勤務へと繋がっていったようです。

 このSMクラブでの僕との出会いが、ハード嗜好へ傾倒していくきっかけとなった事はご本人の口から伺いました。

 僕の方は逆に、それまで肉体的苦痛系一辺倒だったマゾヒズムが、精神的な領域へと導かれていったのは面白い現象だと思います。

世代的には大きな差がありながらも、両者の性癖が調和して見事に噛み合ったことに運命的なものを感ぜずにはいられません。

 
 それにしても…この写真の少女と少年達が、果たしてこの撮影で一体何を感じたのか?
今後、どんな大人に成長し、どのような人生を歩んでいくのか?
その行く末を見てみたい気がします。

 少女、少年たちに幸あらんことを。

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アルファインの一夜

 すでに3ヶ月以上が経過してしまいましたが…

 6月17日、久しぶりに六本木のSMホテル・アルファインに行ってきました。
ご主人様と最初に店外でお会いした時以来ですから、かれこれ四年ぶり位でしょうか。

 六本木界隈にSMクラブ華やかなりし頃は、ホテル内に設置されたセキュリティーゆるゆるのレンタルロッカーまで借りて、最低でも月に2回は通っていましたが、5年間のブランク以降は全く足を運ばなくなっていました。

 それでも僕はこのホテルの持つ圧倒的なB級感と、滑稽なまでにおどろおどろしい非日常感が大好きなのです。
国際色豊かな大都市の裏通りにひっそりと建つ、悪趣味な建物のアンバランスさは、SMの背徳感を増幅させてくれる。
健全でオシャレなファッションホテルも悪くはないけれど、やはりSMには退廃的なムードが似つかわしい。

 初めてこのホテルの存在を知ったのは、小学 生の頃に親の目を盗んで観た、お色気番組のイレブンPMだったように記憶しています。 そう考えると、この魔窟のような建築物は、そろそろ築50年位にはなるのでしょうか? その強烈なインパクトは美芸会の存在と共に僕のマゾヒズムに多大な影響を与えてくれました。

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 7月は耐震補強工事の為に1ヶ月間休業したようですが、外観も設備も自然な感じで寂れてきていて、返ってリアルにダンジョンや拷問部屋の雰囲気を醸し出しています。

 僕が初めてアルファインを利用したのは、当時六本木に開店したばかりのRというSMクラブのオーナーの指示でした。 ここはのちに老舗に成長した有名店ですが、当時のオーナーだった中年男性は、とにかく胡散臭い人物でした。

 彼が某SM誌の読者欄に「この度“女王様の会”を発足させたので、奴隷を志願するM男性を募集します」というようなメッセージを載せて、僕はそれに応募したのでした。 早速返ってきた返信には、「奴隷としての適性があるかどうか、当会と提携しているSMクラブの女王様がたの入会審査を受けて頂きます」と書かれていました。

 今思えばこの時点で気づくべきでしたが、世間知らずの若造だった僕は、女王様の個人奴隷になれるチャンスとばかり、審査代と称するプレイ料金2万円也を支払って入会を志願したのでした。

 その際、審査会場に指定されたのがアルファインだったのです。

 審査と言ってもその日の参加者は僕だけで、合否の結果を告げられる事もなく、その後もこの会からは一切連絡はありませんでした。 僕はオーナーが、開店したばかりのSMクラブRを軌道に乗せるために、架空の会をでっち上げて客寄せの手段に使ったのだと考えています。

 この時、アルファインに派遣されてきた女王様はフィリピン人の女性でした。
片言の日本語による聞き取れない言葉責めだけでも相当萎えましたが、SMのスキルもにわか仕込みのお粗末なもので、頭数を揃えるために雇われたのが見え見えでした。
適性のない女王様に、奴隷の適性審査をされる僕って一体…(>_<)
その日、僕のマゾヒズムのスイッチはとうとう一度も入らず終いでした。

 実はこのオーナーとはその後、もう一度だけ会う機会がありました。

 初対面の時に、趣味で描いたFEMDOM画を5枚ほど持参して彼に見せていたのですが、その後「君の絵はマニアに売れると思うから是非サンプルを描いて欲しい」と依頼があったのです。 僕はオーナーの注文通りに、ふくよかな女性がM男性を責めているサンプル画を描いて、六本木の事務所まで持参しました。

 その時、奴隷の会のその後の活動に関して尋ねてみましたが、曖昧な返事が返ってきただけでした。
僕はそれ以上問い詰めるのはやめました。

 その時は確か2万円程の謝礼を貰い「絵が売れればちょっとした小遣い稼ぎになるかもしれないな…」と気を良くし、他の作品も彼に預けて帰りました。

 しかし、オーナーからはその後、絵の依頼は一度もありませんでしたし、預けた画稿も返却されませんでした。

 ところが、それからだいぶ経ったある時、僕は別のSMクラブの事務所で預けた絵のうちの一枚と再開する事になります。
絵は綺麗に額装されて、マンションの一室の廊下に飾られていました。

 あのオーナーが、そのSMクラブのママの事を「あれは俺の女だよ」と言っていたのですが、彼女かどうかは別として、どうやら知り合いであった事だけは真実のようでした。
彼は僕が描いたFEMDOM画を、承諾も得ずに勝手にママに譲ったようでした。

 アルファインでの最初の思い出はそんな苦いものでしたが、僕はこのホテルの雰囲気だけはすっかり気に入ってしまい、その後何度となく足を運んだものでした。

 1人90分のコースで3人の女王様に入れ替わり立ち替わりプレイしてもらったり、一般のS女性5人を相手に3時間に渡る集団リンチまがいのプレイをしてもらったり、無茶なお金の使い方をした事もありました。

 仕事を終えて夜間に利用する時は必ず宿泊しました。 プレイを終えた後、開放感に浸り、SMビデオを観ながら1人ベッドで飲む缶ビールの味は格別でした。 でも翌朝、非日常的空間を後にして、通勤の人々の群れとすれ違う事で、途端に詫びしい現実に引き戻されました。

 アルファインは僕を初め、SMを愛する人達の心のオアシスだと思います。

 さて、話がだいぶ脱線してしまいましたが、話題を6月17日の件に戻します。
その日、僕は、ご主人様に初めてオールナイトでご調教をして頂く為に、四年ぶりのアルファインを訪れたのでした。

 薄暗い拷問部屋で、逆さ吊りにされて、意識が遠のくまで一本鞭で打ちすえられたい。 奴隷の餌や飲み水として、ご主人様の排泄物を全て賜りたい。 厳しいご調教を受けた後、檻の中に繋がれて、痛みに疼く自らの身体を抱きしめながら一夜を明かしたい。

 そして何よりも、ご主人様のお側で、一晩同じ時を過ごしたい。
僕はご主人様の元で、奴隷として飼われるという、非日常体験を味わってみたかったのです。

 そんな長年の夢が叶うのは、もしかしたら、この日が最初で最後のチャンスになるかもしれない。
僕はご主人様のご都合に合わせて仕事のスケジュールを調整し、体調を万全に整えてその日に臨みました。

 アルファインは価格帯によって部屋の広さや設備の充実度が全く違います。
AランクからCランクまで分けるとしたら、Cランクは完全にビギナー向けで、一般のラブホとさして変わらない広さの室内に、簡素な拘束具が設置してあるだけです。 僕はこれまでAランクの部屋が塞がっていて、やむなくBランクの部屋を利用した事はありましたが、Cランクの部屋には一度も入った事がありませんでした。 わざわざアルファインまで赴くのならば、高額を支払ってでも広くて充実したAランクの部屋を利用したい。
 ところが…

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 当日は土曜日だった事もあってか、僕が到着した21時過ぎにはすでに、檻のある部屋もAランクの部屋も全て塞がっていました。
宿泊のチェックインは22時からで、部屋を選べるのは21時45分頃からですが、その時点で空いていたBランクの部屋も残すところあと僅かだったのです。

 受け付けの女性によると、その夜、Aランクの部屋に休憩で入ったカップルは2組。 ただし1組は入ったばかりで、もう1組も延長を繰り返していて、いつ退室するかは全く予想がつかないという事でした。

他のAランクの客は休憩で入った後、宿泊に切り替えたのでしょうか? お金持ちには敵いません(>_<)
僕はAランクの部屋の宿泊料金として、一泊35,000円の予算を用意していました。


 広い部屋が空くのを待つか、それとも現状で一番いい部屋に入った方がいいのか… そうこう悩んでいるうちにも次々と変態カップル達が訪れます。 僕は追い立てられるように、Bランクの「奴隷市場」と言う部屋に入る事にしました。

 この時、ご主人様はまだお友達と新宿でお食事中でした。

 部屋に入ってからご主人様に連絡して事の経緯を伝えると、「せっかくムギの願望を叶える為の特別な日なのだから、広いお部屋が空くまで待ってみたら?」と仰います。

 「私は朝まで寝ないで始発で帰るのでも大丈夫だから…」と優しいお心遣い。 ご主人様は当初、ご自分は寝起きが悪いので、調教は夜中のうちに全て終わらせてしまって、朝はゆっくり寝ていたいと仰っていたのです。

 檻の中で寝るのが無理だとしても、せめてご主人様がお休みになられているベッドの下で拘束されて眠りたいというのが僕の願望でした。 しかし、一睡もされないでご帰宅されるとなると、昼間のご調教を深夜の時間帯にずらしただけという事になってしまいます。

 どうしよう…ここはキャンセル料を支払ってでも部屋が空くのを待つべきか…
それともこの部屋で3時頃までご調教して頂いて、あとはチェックアウトまでごゆっくりとお休み頂くか…

 かように悩むほど、AランクとBランクの部屋では大きな差があるのです。

一応受付に相談してみたところ、たとえ深夜まで待ってもいい結果に結びつくとは限らないと言われました。 確かにその通りです。 下手をすればもっとグレードの低い部屋になってしまう可能性さえあるのです。

僕は自分のツキの無さを呪いながら、Aランクの部屋を断念しました。

そうと決まれば気持ちを切り替えて、この部屋でご調教に集中する以外ありません。 どうでもいいような事に思えるかもしれませんが、マゾヒストは自己の妄想や願望に執拗なこだわりを見せる事があるのです。

 この日、僕は、二間あるAランクの広い空間で、首輪を付けて引き回されたり、馬にされたり、檻の中で眠る事を夢想していたのです。 残念ながらその夢は潰えました。

 午後10時半を回った頃、ご主人様がお出ましになられました。 凶々しい拷問部屋には似つかわしくない、ご主人様の清楚な美貌に加え、今夜は匂い立つような色香が特段映えてさらに眩く光り輝いて見えます。

 ご主人様と出会って7年目を迎えましたが、考えてみれば、夜にご調教を受けさせて頂くのは初めての事でした。 いつもと違った印象を受けたのは、そのせいかもしれません。

いつだったか、ご主人様が 「ムギは私に地獄へ連れて行かれるのが大好きだよね」 と仰っていた事を思い出します。 そう、今宵、僕は死神ではなく、目の前の天使に地獄へといざなわれていくのです。

 跪いてご挨拶を終えると、ご主人様のお手によって畜奴に相応しい姿へと堕として頂きます。 先端に尻尾の付いたアナルプラグをねじ込んで頂くだけで、僕のマゾヒズムのスイッチは全開となり、呼吸は荒く、目は虚ろになります。

 その後、変形椅子に開脚状態で拘束され、1年半ぶりの剃毛をして頂きました。 ハサミで大雑把に切って頂いた後、安全カミソリで剃り上げて頂きます。 

 ハサミをお使いになられている際、お手元が狂われて、僕の陰嚢の皮膚を切ってしまったのはご愛嬌。 数日前に、ハサミを所持していた男性が銃刀法違反で逮捕されたというニュースを見て、刃渡り6.5センチの合法の物に買い替えたばかりなのです。切れ味も抜群だったのでしょう。 この男性は、警察官がハサミの柄から測った為の誤認逮捕だったようですが(>_<)

 無毛状態になった僕の 下腹部には、かつて線香やタバコの火で刻んで頂いた、ご主人様のお名前が、はっきりと判読できる状態で残っていました。 風呂に浸かるとピンク色に浮かび上がってくるご主人様のお名前がなんとも愛おしいのです。
このお名前の焼印も久しぶりにメンテナンスを施して頂きました。火先が肌に触れる度に口から呻き声が漏れてしまいます。
少し時間が経つとご主人様のお名前の形にみるみると火脹れていきました。

 ご主人様以外の女王様とプレイをしていた頃は、傷痕が残ると一刻も早く消えて欲しいと思ったものですが、今はもっともっと身体にご主人様の奴隷の証しが欲しいという願望がもたげてきます。

 儀式が終わると、念願だった逆さ吊りに寄る鞭打ちや蝋燭責めが執り行われます。

 蝋燭の炎の揺らめきが、ご主人様の慈愛に満ちた優しいお顔を歪め、妖しい魅力を惹き出してくれます。 照明を最大限にしてもなお仄暗い室内には、何か魔物が宿っているのかもしれません。

 ご主人様は奴隷が苦しむほどに目を輝かせ、執拗に局部を責め苛まれます。 もちろん、低温ロウソクなどではなく、パーティ用のスパイラルの物をご使用になられます。 無毛なので、蝋涙を剥がすのは造作もない事です。 剥がしては垂らされ、剥がしては垂らされているうちに、僕のペニスの先端は感覚を失っていくどころか、ますます研ぎ澄まされていくのです。

 ようやく一息つかれると、新たに支配下に参入されたビアンM女さんに、調教の様子を写メで送られているご様子。

 LINEの返信をご覧になって「フフ…ムギさんのご無事を祈っています、だって…」と、お口の端を歪めながら微笑まれます。 いや、無事で済むはずはないですから…

 ラブホより天井も高く空間も広い為、一本鞭も思い切り振り被る事ができます。 天井の滑車に吊られ、普段より厳しい鞭打ちを全身に受けながら、僕はM女性のように咽び泣いていました。

 このホテルが放つ独特な雰囲気は、被虐心だけではなく、責める側の加虐心にも作用するのでしょうか。 鞭から解放された時、僕は床に平伏して肩で息をしていました。

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 めくるめく甘美な時間はあっという間に過ぎていき、いよいよご調教の締めくくりです。

 男に生まれた罪深さを贖う為に、男性の象徴に108つのお灸を据えて頂くのです。 この男性器への懲罰は、言わば、僕のマゾヒズムの原点とも言えるものです。
女性を虐げてきた男達の業を一身に受けて贖罪する事が、マゾヒストとして生まれた僕に与えられた運命だと考えています。

 僕は宇宙遊泳と呼ばれる拷問具に両手足を張り付けられ、無防備になった股間を晒します。

 ご主人様は可憐な指先で艾を摘んでは、手慣れた様子で丸め、ワセリンを薄く塗った僕の局部に貼り付けていかれます。 10個ほど貼りつけられては次々と点火を繰り返されます。 ジリジリと皮膚を焼き焦がす瞬間は10秒ほどですが、三つ四つと連続で火をつけられるので全て燃え尽きるまで苦痛が止む事はありません。

 歯を食いしばって堪えようとしても、堪え切れるものではありません。 僕が本気で泣き喚いて許しを乞うても、一旦始められたら責めの手を緩められる事はないのです。

 ところが…
なんだかご主人様のご様子が少し変です。 艾の山に線香の火を淡々と移しながら、ほとんどお言葉を発しません。
見ると、とても眠そうなでご様子で、時折意識が遠のいているようです。 赤ちゃんがご飯を口に運びながら、ウツラウツラしているようなあの感じにソックリなのです。

 ここのところ、配下のM男とのトラブルやプライベートでのお悩み事で相当お疲れのご様子だったので、睡魔が襲ってきたのかもしれません。

 やはり無理をして部屋が空くのを待たなくて正解でした。 ご主人様は徹夜が可能な状態ではなかったのです。

 ご調教に4時間程かかりましたので、深夜の3時を回った頃でしょうか。 そろそろご調教の終演が近づいてきたようです。
局部が艾の燃えカスで真っ黒になった頃、僕は解放されました。 憑き物が落ちたという表現がピッタリと当てはまるのが、この瞬間です。

 お酒でも飲みながらしみじみとこの解放感に浸っていたかったのですが、ご主人様のお疲れがピークに達しているご様子なのでそうもいきません。 ご主人様にはベッドでゆっくりとお休み頂いて、僕は床で寝かせて頂く事になりました。

 棒の両端に枷がついた拘束具に四肢を拘束され、自由に身動きできずに冷たく硬い床に寝るのは結構辛かったですが、奴隷にはもっとも相応しい気がしました。

 ご主人様は「環境が変わると寝つけない気がする。 明日の朝は物凄く不機嫌な私を見られるかも…」と脅されます。 僕も、素でご機嫌斜めのご主人様は拝見したくありません(>_<)

 ところが、照明を落とすと、まもなくご主人様は眠りにつかれたようでした。 やはり相当にお疲れなのでしょう。 微かな寝息が聞こえてきます。

 僕の方は興奮して中々寝つく事ができません。

 それに僕はイビキが酷いので、ご主人様の安眠を妨げるのではないかと気が気ではありませんでした。 睡眠中でも浅い意識の時は、自分のイビキが自覚できるほどなのです。 僕は拘束された状態で音を立てないように、忍び足で玄関のたたきへと移動しました。

そこならご主人様を起こす事もなく、安心して寝られると思ったのですが、今度はホテルの従業員の話し声が耳について眠れません。 うつらうつらしては目を覚ます状態を繰り返していた時、ご主人様からお声をかけられました。

「ムギー、どこー?」

 僕は、再びお部屋の方へと戻りました。
たたきでは大の字になる事も出来ませんし、どうせ朝まで眠れないならご主人様のお側にいたかったのです。 ところが、今度は僕の方も床に横になるとすぐに眠りに落ちてしまい、そのまま朝まで目を覚ます事はありませんでした。

 気がつくと午前9時を回ったところでした。

 そろそろ帰り支度を始めなければなりません。 程なくお目覚めになられたご主人様は、特にご機嫌が悪そうなご様子もなく普段通りでした。 お化粧を落としても全く変わらない大きな眼を眠そうに瞬いているのがお可愛らしい。

 アルファインでの一夜は、僕にとってかけがえのない思い出になりました。

 当日はご主人様のお腹の具合も悪く、お見えになってすぐに排便はトイレで済まされていましたので、終日便器願望も、檻で一夜を明かす願望も叶いませんでした。 しかし、これほどまで長い時間ご主人様とご一緒する事ができて、お側で眠ることが出来たのはとても幸せでした。

 当初思い描いていたヤプーズマーケットのような厳しい監禁調教のようにはなりませんでしたが、いずれまたチャンスも巡ってくる事でしょう。

 就寝前に後片づけを済ませていたので、ご主人様が身支度を終えられると速やかにチェックアウトする事が出来ました。

 仄暗い異空間を出ると、外は爽やかな朝でした。
 

oh, what a beautiful morning‼︎


 かつて、理想の女王様を探し求めて彷徨っていた頃は、プレイを終えて帰る道すがら、現実に引き戻され、なんとも言えぬ空虚感に襲われたものですが、ご主人様の奴隷にして頂いてからはそれがなくなりました。

 人通りのない静かな通りをご主人様とご一緒に歩きながら、僕は奴隷の幸せを噛み締めていました。


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邂逅


 よく “人生は出会いと別れのくり返し” などと言われます。
 
 マゾ人生もまた然り。

 僕もこれまで本当に数多くの女王様と出逢い、そして別れをくり返してきました。

 SM界のレジェンドとなったあの女王様との初プレイ。

 SM誌のグラビアを飾ったカリスマ女王様の方々にも、お相手をして頂きました。

 新人女王様の最初のプレイに遭遇した事もありました。
 
 SMクラブには所属していない素人女王様達とのプレイも体験してみました。

 SMクラブのはしごをした事もありました。

 一度に5人の女王様とプレイして、女性の怖さを思い知らされた事もありました。

 何かに取り憑かれたようにSMクラブに通い詰めていたあの頃…
 でも、その割には満足度はいまひとつだったような気がします。

 期待に胸を膨らませながらホテルへと向かい、モヤモヤした気持ちを抱えながら帰宅した日々。
 当時の僕はSMにいったい何を期待し、何を求めていたのか…今となってはそれすらも定かではありません。


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 ほとんどのかたとが、1〜2度だけのプレイでしたが、中には何年かお付き合いをさせて頂いた女王様もいました。

 記憶に残っているのは5人ほど。
 その内の最後のかたと連絡が途絶えてから、僕は徐々にSMから遠ざかっていきました。

 母親が余命宣告を受けてからは、二十歳のSM初体験から欠かす事なく続いていたSMクラブ行脚もピタリと止まりました。

  しかし、どこかに失望感を抱えながら長いブランクに入った事で、僕のマゾヒズムはブスブスと燻り続けていたのだと思います。


 本日8月5日は、某SMクラブで、ご主人様と僕が初めて出会った記念すべき日です

 
 東日本大震災があった年ですから、あの日から数えて6年が経過し、7年目に入った事になります。

 先日、ご主人様から 『ムギが引退せずに、ネットで私の写真を見つけて、お店に会いに来てくれて本当によかった!』 と言って頂きました。

 そのお言葉が、とてもありがたく、胸に沁みました。
 かりそめではなく、女王様とこんなふうに心と心が通じ合ったのは初めての事なのです。

 先頃、僕と同じく、ご主人様がSMクラブにいらっしゃった頃から仕えてきたM男性が、ご主人様のもとを去って行きました。

 彼は僕よりも1年位あとからお店に通い始め、僕よりも先にご主人様に誘われて店外で会う関係になったようです。

 “奴隷” として認知され、ご主人様から奴隷名まで授かっているのは、僕と彼の2人だけでした。
 調教を離れると、お食事やお買い物やドライブなどにもご一緒されていたようで、そういうお誘いが一切なかった僕は、彼の事をとても羨ましく思っていました。

 彼から贈られたブレスレットや指輪を、僕の調教時にも肌身離さず身に着けていたご主人様。

 僕は彼の存在が気になって 『どういうかたですか?』 とご主人様に訊ねた事がありました。

  『基本的にはとても紳士かな。雨の日には、濡れたカバンをお拭き下さいと、ハンカチを差し出すような人。』 とご主人様。

 ハードプレイができるわけではないけれど、必死についてこようと頑張っている姿が愛おしかったのだそうです。

しかし、そんな彼の忠誠心も次第に自己本位なものへと変わっていき、ご主人様と気持ちがすれ違う事が多くなっていったようでした。

 そして、彼の不注意が招いたアクシデントをきっかけに、ご主人様の彼への不信感はピークに達しました。 対応に苦慮されていたご主人様のもとへ、彼からお別れメールが届いたのはそれから間もなくの事でした。 ご主人様は『これが二度目なので、三度目はない。』と仰っていました。

 僕も一度、自分勝手な事をした過去があるだけに複雑な思いでしたが、我が振りを省みる機会にもなりました。

 彼とは一度もお会いした事はありませんが、同じ女王様を崇拝する言わば同志のようなものでしたから 『お疲れ様でした』 と労いの言葉をかけて送ってあげたいです。

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 別れがあれば、又新たな出会いもあります。

 
 この度ご縁があって、ビアンM女性がご主人様の奴隷を志願されてきたのです。

 彼女にとって初めてのSM体験という事もあって 『自分のような何もできない者が、果たしてご主人様の奴隷になれるのだろうか…』 と不安げな様子でした。

 僕は彼女に 『ハードな責めに耐え得るから奴隷なのではなく、いかに忠誠心を持ってお仕えできるかが重要なのです。』 とお伝えしました。

 女性同士なので打ち解けるのも早く、ご主人様はそのM女さんの事をとてもお気に入られたようです。

僕とご主人様が出会ったこの日が、彼女のお誕生日でもある事を知り、不思議なご縁も感じました。

 主従関係とは言っても、けっして奴隷からの一方的な思いではなく、僕達はご主人様からもあふれんばかりの沢山の愛情を頂いているのです。

 昨年の11月3日、ご主人様と新たに交わした奴隷契約書の中に、ご主人様のお言葉でこんな条項が書き加えられていました。

『乙(ムギ)の肉体が消滅しても、甲(ご主人様)が解除しない限りこの(奴隷)契約は継続されます。 乙の甲に対する忠誠心は永久に滅しません。 甲と乙の繋がりも同様です。』

 僕は家に帰ってからこの条項をあらためて噛み締めて、感涙しました。
 
 以前僕が作った奴隷契約書では、生涯に渡ってお仕えする事を誓っていましたが、ご主人様が直筆で書いて下さった契約書には “たとえ肉体が滅んで魂となったとしても、お互いの絆が切れる事はない” と明言されていたのです。

 そうです。 ご主人様と僕の主従関係に限っては永遠に“別れ”という言葉は存在しないのです。
 なんとロマンチックな事でしょうか‼︎


どんなご縁で

『今、あなたとわたしが
ここにいる

数えきれない
人の中から
選ばれて

あなたと
わたしが
ここにいる

自分の力ではない
あなたの力でもない

目に見えない
不思議な
力に
導かれ

今、あなたとわたしが
ここにいる』


マゾ花のヘッダーにある この詩が心に深く沁み入ります。

明日から又気持ちを新たにして、ご主人様に誠心誠意、お仕えしていきたいと思います。

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真夏のフェチごと

 僕は四季の中では、が最も好きです。

 ゆらゆらと立ち昇る陽炎の揺らめきの向こう側に、たまらなくノスタルジーを掻き立てる情景がある…

 眩い日差し。

 校庭に響き渡る生徒達の掛け声。 教室内の喧騒。
 それすらもかき消す、けたたましい蝉の鳴き声。

 陽光に映える真っ白なブラウス越しに、女子生徒達の身体のラインや下着が透けて見える。

 薄っすらと生えた若い産毛を押しのけるように、毛穴から噴き出す汗、汗、汗…
 汗染みが拡がった半袖の奥にちらりと覗く、無造作な腋毛の処理に、彼女達の蒼さが眩しく光る。

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 窓を開け放った教室の中。
 パタパタと下敷きで扇ぐ隣の席の子の首筋辺りから、仄かに鼻孔を擽る女の香りが漂ってきた。

 僕は彼女に気取られないように、静かに、ゆっくりと肺いっぱいに、それを吸い込んでみる。
 彼女の横顔がとても美しい事にその時、初めて気がついた。

 素足に突っかける上履き。 
 踵は潰れ、皮脂の汚れで黒光りするインソール。

 いつも膝小僧にカサブタを作っていた脚が、いつの間にか美しいラインを描き、つややかに輝いている。

 心と身体のアンバランスさが心地よい。

 放課後、あの校内一の美少女が、外履きに履き替える刹那、子犬となった僕はそれを奪い取り、咥えたままでグラウンドをかけ去ろう…

 思考回路が停止するような猛暑の中、僕の心はそんな妄想でウキウキと弾んでいたのだ。

 夏が来るたびにそんな甘酸っぱい情景が思い起こされる…

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手塚治虫とマゾヒズム

 ここ数回、 「マゾヒズムに花束を!」 では、漫画やアニメ、テレビドラマなどのメディアが、いかにマゾヒズムの形成に影響を与えてきたかというテーマで語られています。

 今回は、僕もそれに便乗して、少しだけチュクチュクしてみたいと思います^ ^

 今の若いかた達はほとんど読まれた事がないかもしれませんが、昭和時代の漫画は手塚治虫に始まり、手塚治虫に終わったと言っても過言ではありません。

 幼い頃から学年誌等で親しんできた手塚漫画は、僕の中では長らく健全な読み物といった認識でした。 親達もそう思っていたからこそ、安心して子供に買い与えていたのだと思います。

 手塚治虫は生前、「漫画は子供にとっておやつのようなもの」と語っていましたが、彼の作品は一見、甘いお菓子のように見えても、口の中で噛み締めてみれば、辛かったり、苦かったり、子供の心に引っかかる複雑な味が絡み合って構成されていたような気がします。

 小学校高学年位になると、この作家の作品が、意外にも深い闇をはらんでいるという事実に気がつき始めました。

 アトムも、レオも、サファイアも、どろろも、丸っこい描線で愛らしく描かれてはいましたが、心の奥に深い哀しみや苦悩を抱えたキャラクター達でした。

 虫プロが、アニメ制作の失敗による痛手を負って倒産した時、系列の出版社から大人向けの手塚漫画が、古本屋に大量に放出されました。

 同じ時期に大都社という出版社からも、大人の手塚作品が続々と刊行されています。

 当時、僕はそれらを片っ端から買って、貪るように読み耽りました。

 大人の手塚は、子供にとって到底一筋縄でいくような代物ではなく、トラウマになるような話も沢山ありました。

 とりわけ、女性が主人公の作品には、大人の女性美やエロスへの憧憬だけでなく、女性に対する言い知れぬ畏怖のような感情を植えつけられたものでした。

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 手塚治虫は少年漫画においては、明るく勝気な女性像を好んで描いていましたが、青年誌では全く異質の、魔性というよりは寧ろ魔物そのものと言った方が的確であろう女性達を、数多く登場させています。

 石上三登志は著書「手塚治虫の奇妙な世界」の中で、手塚治虫のヒロイン造形“昆虫のメス的であり、女王的である”と論じています。

 昆虫世界においてはメスが圧倒的に優位であり、生存や適応能力に関しては生物中で最も優れている。と…

 そこには、マゾヒスト達が理想として掲げる、女尊男卑の世界が形成されているのです。
 オス達は、女王のもとで奴隷のごとく支配され、酷使され、最期は餌となって生涯を終えるものさえあります。

 手塚作品のヒロイン達は、そうした昆虫の生態をモチーフに造られているという石上の考察は、的を射ているかもしれません。

 加えて僕は、手塚自身が潜在意識の中で、女性という存在に“怖れ”を抱いていたのではなかったかと感じています。

 様々な才能を吸収しながら、羽化を繰り返す蝶のごとく、華麗な変身を遂げていく「人間昆虫記」の十村十枝子。

 
 自在に姿を変えて他人の人生を演じながら、男女の葛藤や運命の行く末を見守るIL(アイエル)。

 
 地下深く眠る母の棺の前で、男達への復讐を誓う「地球を呑む」のゼフィルス七姉妹。

 
 アル中のフーテン娘の風貌でありながら、いつの間にか男に取り憑いて堕落させていく魔女バルボラ…etc



妖しく美しい女達に内在する、無邪気で気まぐれな残酷性。

 そこには永井豪の漫画のように、ストレートでマゾヒスティックな性描写こそありませんが、それ故に余計に深く、魂の暗部を狙撃されたような気がするのです。

 手塚漫画のダークな一面は、綿密な計算のもとで描かれたものもあれば、作品を描いた当時の精神状態に影響されたものもあったようです。

  手塚本人は顔をしかめながら、スランプや、会社経営が破綻した時期に、どん底の精神状態で描かれた作品を恥じていましたが、僕は寧ろ「アラバスター」「ダスト18」など、暗い作風の中にこそ、手塚治虫の本質を感じ取っていました。

 大人向けの手塚作品と、どん底の時期に少年誌に発表された手塚作品との遭遇は、ほぼ同時期で、僕にとって多感な世代へと足を踏み入れた時期に該当しています。

 それらは、グロテスクで淫靡な香りを放ちながら、僕の内面にジワリと染み込んで増殖し、直接的ではないにしろ、マゾヒズムにも多大なる影響を与えたと思っています。

 僕のマゾヒズムは幼少時に覚醒した後、漫画や小説、ドラマなどの影響を受け、さらにSM雑誌やビデオ、現実の女性達との関わりの中で育まれていったと言えるでしょう。


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踏みつけられたい

 “女性に踏まれたい”という願望は、マゾヒズムとしては初歩的で軽度な部類に属するもののようです。

 ノーマル男性でも女性の美脚を目の前にすると、思わずそうした願望を口にする事があります。
冗談めかしてはいても、自己に内在しているマゾヒズムが表出しているのかもしれません。

 しかし、実際にやられてみるとわかりますが、本格的な踏みつけはけっしてソフトで緩い責めではありません。
場合によっては鞭よりも過酷です。

 踏みつけが比較的軽度なマゾヒズムだという見解は、体重をかけない軽い顔踏みや足コキなどフェティッシュな要素も含まれているからでしょうか。

 同じ踏みつけでもソフトな恥辱系ハードな苦痛系では全く別の嗜好のような気がします。

 僕は年を経て、顔面をフットレストとして使われたり、平伏した後頭部を足で押さえつけられるような屈辱系にも興奮を覚えるようになりましたが、若い頃は圧倒的に苦痛派でした。

 女性のスラリと伸びた脚は眩く美しい。
 
 その美しき凶器で血塗れになるまで踏み躙られたい。

 それは僕にとって、SEXなどよりもはるかにエロティックで、眩惑に満ちた男女の愛の交わりなのです。

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 ハイヒールやパンプスなど女性の靴で踏まれたい性癖はアルトカルシフィリアと呼ばれています。
ストッキングを履いた足や素足で優しく踏まれるのとは違い、靴で踏まれるのはかなりの肉体的苦痛を伴います。 踏み方によっては重傷を負う事さえあり得ます。

 しかし、崇拝する女性の美しい部位に辱められたい、痛めつけられたいと願うのがマゾヒズムたる所以ならば、マゾヒストは踏みにじられながらも最高の快楽と幸福を享受しているのでしょう。

 僕も床に仰向けに寝て、女王様にハイヒールのままで身体の上に乗って頂いた事があります。
小柄な女性であっても胸部などに乗られると耐え難い激痛で、思わず女王様の足首を掴んで叱責されてしまった事もありました。 それでもなお、股間を熱くたぎらせ陶酔する己がマゾヒズムの深い業

 
 海外のサイトではtramplingというカテゴリーで、女性が男性を踏みつけている映像を多数見つける事ができます。 1人、あるいは複数の女性が無邪気に、しかし容赦なく男性を踏みつぶしています。

 時に5、6人の女性が、男性の身体の上に敷かれた厚い板の上に乗っているものなども見かけます。
300キロ近い荷重を受け、恍惚とした表情でうめき声を挙げるマニアの姿は、常人の理解を遥かに超えています。

 日本ではほとんど見かけませんが、海外には踏み台の中央に穴を開けたcockboxと呼ばれるペニス責め具があります。 仰向けに横たわったM男性の下腹部に設置し、局部を穴から露出させて台の上に乗ったドミナが踏み潰すのです。

 彼女達はまるで芋虫でも踏み潰すかのように、嬉々としてペニスや睾丸を靴の底で踏みにじります。 尿道口から血が噴き出し、悶死寸前のM男をなおも踏み続けるドミナ達の冷酷さには震撼します。


 僕のご主人様は、最近はあまり奴隷を踏みつける事はなさいませんが、まだお店に通っていた頃に忘れる事ができない踏みつけの思い出がいくつかあります。

 一つはストーリープレイで。
僕が描いたシナリオは「奴隷としてお仕えしながらも、マッサージの最中にご主人様に欲情し、襲いかかって逆襲される」というシーンでした。 この時は全身にヒールの痕が点々と残り、数ヶ月間消えないくらいまでに激しく踏みつけらました。

 ベッドでうつ伏せているご主人様の背後からしがみつき、夢中で胸の辺りに触れてしまった感触があったので、本気でお怒りになられたのかもしれません。

 ヒールで胸と前腕の肉がえぐれて出血しましたが、僕は激痛に悶え苦しみながらも、ヒールを踏み降ろすご主人様のお姿に見惚れていました。 その時の傷痕が今も盛り上がって残っています。 これは僕にとって女神が付けて下さった刻印なのです。

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そしてもう一つ。 ご主人様が奴隷に餌を与えて下さっていた時の事です。
床にうつ伏せて横を向いていた僕の口元辺りをめがけて、ご主人様が咀嚼したプリンを吐き出して下さいました。 その時 僕は、床に勢いよく落ちてきたプリンの飛沫を浴びて反射的に顔をそらしてしまったのです。

 その瞬間、ドスの効いた罵声と共に背中を思い切り踏みつけられたのでした。

 「誰のために作ってやってると思ってるんだ⁉︎」

 僕は、カエルが踏み潰されたような悲鳴をあげてしまいました。
のちにお店のサイトの掲示板に、僕が発した悲鳴にゾクゾクしたとご主人様からのメッセージが、書き込まれていました。
この時はご主人様もプレイに入り込んでいらしたようで、普段とはすっかりキャラが変わっていらっしゃいました。

 そして最後は鞭打ちのシーンで。
磔状態で散々鞭打たれ後、枷を解かれた瞬間に僕は思わずその場に前のめりに崩れ落ちました。
僕はこの時、初めて経験する鞭酔いに陶酔していたのです。

 するとご主人様は僕の背中をグリグリと踏みつけになり、さらに一本鞭の連打を浴びせられました。
この瞬間から僕は、「ご主人様の奴隷になりたい!」と本気で意識し始めたように記憶しています。


 幼少時に芽生えた僕のマゾヒズムは、性器破壊願望を皮切りに、自身の成長と共に様々な被虐嗜好へと拡大していきました。

 中学に入り、成長期を迎えた女子達の太ももや生足を目にする機会が増えると、その滑らかで艶やかな脚線美に憧れるようになります。

 そしてやがて、その足で嬲られたい、踏みつけられたいという願望を抱くようになったのです。

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 僕はその頃から特に、顔面を踏みつけられる事に強い憧れがあり、妄想するだけで股間を熱くしていました。
その一因として、当時読んだある漫画が深く影響していると思われます。

 その漫画のタイトルは「鬼面石」と言います。

 作者は「赤い花」や「ねじ式」「無能の人」等、独創的な作風で高い評価を得ているつげ義春氏です。
彼は旅物と称される私小説風の作品から、次第にシュールな作風へと変遷を遂げていきますが、「鬼面石」はかなり遡って貸本漫画家時代の作品です。

 かつて貸本漫画の世界は手塚治虫の描くSF作品と、白土三平の描く時代物に大きく人気が二分されていました。 新人漫画家達は出版社によって、この2人の巨匠の亜流となる事を求められていたようです。
つげ氏も例外ではなく、初期作品では彼らの作風を器用に模倣しています。 「鬼面石」は白土三平作品に倣った時代劇です。

 僕は多感な頃、つげ氏の貸本時代の名作をまとめた作品集を入手して、偶然この作品を知りました。

 では、その衝撃的な内容を紹介します。

 時は永禄の頃。 美濃国中巣村という所に十万という下人がいました。
彼はおとなしく実直で勤勉な人間でしたが、罪を犯したわけでもないのに獄囚の身でした。
それは彼の人相が常人とかけ離れて醜く、女子供に恐怖を与えるという理由からでした。

 やがて十万は、労役についたら二度と生還できないと恐れられている岩穴城の築城工事へと駆り出されます。
彼はそこで藤太という囚人にそそのかされ共に脱走しますが、役人に捕らえられ、首枷で宙釣りにされる「首輪の刑」に処されます。

 三日間は生きながらえたもののすでに風前の灯だった十万の命は視察に来た殿様、座間角兵衛によって救われます。

 十万は角兵衛に恩義を感じ忠誠を尽くしますが、角兵衛にとって彼を助けたのは単なる気まぐれに過ぎませんでした。

 十万は角兵衛の屋敷の庭にあるトリ小屋の中で、ニワトリと一緒に生活をさせられていました。

 角兵衛は奥方から「あなたは容貌に自信がないから、より醜い十万をそばに置いて自分を慰めているのでは?」と指摘され、次第に十万に苛立ち、彼を憎むようになりました。

 飯炊き女のお千代が、隠れて十万に生米を与えていたのを知るや、激怒して彼女を木の枝で散々打ちのめします。

 十万は唯一自分を人間扱いしてくれるお千代に淡い恋心を抱くようになります。

 彼女は飯炊き女にしておくにはもったいないほどの美貌を持った女性でした。

 ある日、十万は角兵衛の狩りに同行するように命じられます。 そこで角兵衛が放った流れ矢に当たって、左目を失明してしまうのです。

 十万は自分のようなものを介抱してくれた殿に感謝しますが、実は流れ矢は角兵衛がわざと十万を狙って射たものでした。

 そんなお人好しの十万に、お千代は真実を伝え忠告します。

 「お前はいつか殿様に殺されるよ」
 「どうしたらいいべ?」
 「戦に出て手柄を立ててえらくなることだよ」
 「それじゃ、もしおらがえらくなったら…」
 「そりゃ女子は地位や名誉さえあれば誰でもついていくもんだからね」
 「よーし、おらきっとえらくなってみせる」


 十万はお千代に出世を誓いますが、それは実現しませんでした。
信長に未完の岩穴城を攻め落とされ、従軍した十万も片足切断の負傷で益々風貌の醜さを増しただけでした。

 「ほんにお前は運がないねえ」とお千代は呆れます。

 そんなある夜、お千代の悲鳴を聞いて十万が駆けつけると、今にも殿様に手篭めにされようとしているところでした。
「お前のような器量好しを飯炊き女にしておくのはもったいない。わしの側女になれ」
大声を出して激しく抵抗するお千代は、庭木に縛り付けられてしまいます。
「よく考えておけ」

 草陰からこの様子を見ていた十万は、お千代を助けようとしますが角兵衛に見つかってしまいます。

 「ふん。貴様にも恋心なんてものがあったのか」
角兵衛は「お千代が十万の女房になると言ったら二人とも自由の身にしてやる」と言い放ちました。

 十万はお千代に嫁になって欲しいと懇願しますが、彼女は無言のまま俯いてしまいます。
「わっはっは。そんなつらじゃどんなにジタバタしてもムダだ」
角兵衛はその場で十万の鼻を削ぎ落とし、庭木に縛り付けると消毒と称して小便を引っかけます。

 そして、悔しがる十万を尻目にお千代を連れて去っていきます。

 十万は渾身の力で庭木を引っこ抜いてお千代を助けようとしますが、その場に崩れ落ちてしまいました。

 それから数日後。
十万は角兵衛の家来達によって、顔だけを出して生き埋めにされていました。
その場には美しい着物をまとったお千代の姿もありました。

 「お前のその顔をもっと醜くしてやろうと苦心して考えたのだ」
身動きのできない十万を見下ろしながら角兵衛はさらに続けます。
「みなの者。ここを通る時は必ず十万の顔を踏んで通るのだぞ」


 まずは手始めにと、角兵衛は側女となったお千代を指名します。
そして…

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 お千代は躊躇する事なく、無表情で十万の顔を踏み潰したのでした。

 永禄7年の8月。 美濃は滅んで信長の手に落ちました。
角兵衛の屋敷も跡形もなくなり、そこには荒涼とした荒野が広がっているだけでした。

 土中で悶死した十万の体は腐り果てて土となりましたが、彼の醜い顔だけは路傍の石と化し、今もなお行き交う人々に踏みにじられ蹴られしているという事です…


 
 なんとも後味の悪い救いようのない話ではありますが、お千代さんの我が身可愛さからの裏切りと、冷酷で残忍な所業を憎む事ができません。 土中に埋められ、顔をぽっくり下駄で踏み潰される苦痛を想像すると身の毛がよだちますが、その半面、僕にとっては胸がときめいて股間が熱くなるファンタジーでもあるのです。

 頭部や顔面を踏みつけられるのは、人としてこれ以上ない屈辱でしょうが、マゾヒズム的には主従関係をはっきりと位置付けるマウンティングのようなものと考えられます。

 沼正三の提唱するスクビズムの類型の肉体的下部に分類される願望と言えるでしょうか。

 SMプレイにおいては、女王様へのご挨拶と同様に儀礼的な側面もある“踏みつけ”ですが、客という立場を封印しマゾヒズムにスイッチが入る重要な儀式でもあったように思います。

 女王様はもっと積極的に奴隷を踏みつけるべきだと思うのですが、いかがでしょうか?


 ご主人様! どうか貴女のお足元に這いつくばる奴隷を容赦なく踏みつけて下さいませ。

 僕は貴女に踏みつけられれば踏みつけられるほどに強く丈夫に育つムギのようでありたいのです^ ^



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放置の白バラ

近日更新予定です(^o^)
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プロフィール

mugi

Author:mugi
踏みつけられて、より強く丈夫に
育つムギの様でありなさいと
ご主人様が付けて下さった奴隷
名です。なんという素晴らしい
ネーミングセンス!
しかも音の響きも可愛らしい。
ビールが大好物の僕にピッタリ!
とても気に入っています(*^o^*)
馬派(苦痛)・犬派(奉仕)・豚派
(便器)全てのM性癖を持ち合わ
せたオールラウンダーな変態を
目指しています。

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